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MUSIC AS MAGIC!! Singer Songwriter "Mellow Symphony". Welcome to Mellow Symphony's blog

2018/06/09

SoundCloud

6月に入って、梅雨の時期が始まりつつあるようだ。
バタバタとした5月はあっという間に過ぎて、新しい出会い、新しいプロジェクト、再会など、5月もなかなか刺激的な瞬間を楽しみながら過ごしてきた。

東京に拠点を戻して一年が経ったのだなと噛みしめ、先月帰国からの一年を振り返るのと同様、去年の今頃行き始めた場所や会い始めた人たちとも一年の付き合いになると思うと、ありがたい思いだ。


最近はというと、引き続き新しい出会い、新しいプロジェクトなども始まってきているのだが、音楽が創作モードに向いてきている。ずっと書き続けている曲などをそろそろ形にしたいと思うようになってきた。

トロントにいる間も一年に一度は何かしらの作品を創ってきた(https://mellowsymphony.bandcamp.com/)が、
今年もなんとか作り上げたいと思っている。

いくらか環境は違えど、あの時のようにできるはずだ。


形にする…という点において、楽曲配信を「形にする」と捉えない人もいるようだ、
僕としては配信だろうが、カセットテープだろうが、CDだろうが、ストリーミングだろうが、作品は作品であり、聞き方は時代の流れに適応するのもそれほど抵抗はないのだが。

リスナーの中には「この形で欲しい」という声があるのも
まあ…分からなくもない。

CDはコストもかさむし、リスクがあるが今年はなんとか工夫して
「手に取ることができる形」にできたらいいかなとも考えている。


先日SoundCloudを通して韓国人の女の子(本人はVloggerといっていた)から連絡があり、僕の音楽を動画に挿入したいと言ってきたので快諾した。(楽曲はSoundCloud上でCreative Commonsの設定をしてある)

彼女はSoundCloudで好きな音楽を探しているのだから、
こっちに音楽をまとめておくのもまんざらではないということかもしれない。

そう思って最近少し内容をまとめてみた。


Songs
https://soundcloud.com/shingo-natori/sets/songs

K Series
https://soundcloud.com/shingo-natori/sets/k-series

G Series
https://soundcloud.com/shingo-natori/sets/g-series

U Series
https://soundcloud.com/shingo-natori/sets/u-series


SoundCloudは以前から、「実験的即興音楽」として
とにかくアドリブで出てくるものを楽しんでみようと
あまりプランを立てずにその場で演奏するものを録音しては
そこにアップしてきた。

プレイリストできれいに分けることができることに気が付いたので
これまでに発表した歌モノ作品もいくつか入れてみた。

一つのプレイリストでループできたりもするので
ぜひ好みに合わせて聞いてみていただきたい。

Kシリーズは小さなシンセサイザーを使ったもの、
Gシリーズはギター、
Uシリーズはウクレレ
といったテーマでとにかく気ままに即興演奏している。

さて、またレコーディングなどに進捗があったら報告したいと思います。

今月は福井に久しぶりに行ってきます。
旧い友であるウイリアムこと柳沢氏との共演。楽しみ。
またレポートします。

2018/05/05

想像以上にゴールデン

どれだけ分かったつもりになっても
分からないことがしばしば起きる

人生について知っていることってそれくらいだったりして?


春を噛み締めて生きていたら既に5月に入っていた。

2017年に新しい決断をして
トロントから荷物を引き揚げてきたあの時から一年経ったのか。

去年の今頃は4月末にやった某企業の新工場竣工式イベントの
プロデューサーという大仕事を終えてすぐに
バタバタと荷物を船便で送り日本に完全帰国したばかりで

世間はゴールデンウィーク真っ只中ではありつつも
自分の頭は時差ボケと懐かしくも新しい日本での生活にボーッとしており

これからに対する具体案もまだ見えず

とにかく焦らずゆっくり
やれること、やりたいこと色々やってみよう!

なんて考えていたっけ。


それからおよそ一年かけて
いろんなところへ行き
いろんな人に会って

新しいことを試してみて
成功したり失敗したりしながらも
その中から新しい方向性を見出して

なんとかリズムを作ってきている

もちろん今もまだ途中で
これからもきっと今年も色んな事が起きるだろうけど

尊敬する人々や、好きな人たちのおかげで
なんとかやれている

トロントのことを考えると恋しくなるので
あまり考えないようにしているところもあるが

去年の帰国以来何人も友達が日本へ訪れてきてくれているし
こっちで仲良くしてくれている気のいい人たちもたくさんいるし

何より、今いる環境を楽しみながら生きていこうと
また改めて日本の素晴らしい部分を再発見するような気持ちで
物事に目を向けながら日々を過ごすようにしている


いいことばかりがあるわけじゃないけど

何年かぶりに噛みしめるゴールデンウィークは
想像以上にゴールデンじゃないかって

会いたい人たちにあえたりすると
そんな風にも感じられる


曲も増えてきたし
そろそろ「作曲」という創作モードから
「録音」への創作モードへと切り替えていけたら
と考えている


2018/04/14

新しい春がきて

春がきて暖かくなる季節に
躍動的になる生命を自然から感じて
僕らもまた同じように活動が増していくのを
文明のなかで暮らしながらも
じわじわと感じている


そういえば春は昔から好きな季節だった

数年振りの日本暮らしを噛み締めて
劇的な環境の変化と共に新しい方向へ歩くことを決めて
一年ほど経つ。


友達が言っていた

日本へ帰国するとき
「最初の半年が精神的にキツい」


先日別の友達と数ヶ月ぶりに会って話している時に

「あの時のしんごは少し違っていた」
的なことを言われて気が付いたが

友達の指摘している "あの時" もよくよく思い出せば
その "最初の半年" の期間だったような気がする


自覚していた部分もあったが
気付きもしないうちに何かを内側に溜めこんでいたり
誰かが不快になるようなものを吐き出したりもしていたのだろう


自分が覚えている以上に
迷惑をかけたり
嫌な思いをさせてしまったりもしたんだろうな


きっと僕自身も日々感じてしまう違和感と
どうやって自分を納得させるのか
またどうやってその中で心地よく日々を過ごしていけるか

もがいていたんだとも思う


再会の熱は冷めて
それが日常に戻ったときに

それでも今まで通り付き合ってくれたり
新しい出会いがあったなかで
当初から変わらず付き合ってくれている人がいることを思うと

本当に有り難いことだと感じている


忘れていた日本での感覚値も少しずつ思い出してきて
また新しいものも手に入れたと思う


切符売り場でICカードの投入口に困惑しなくなったし
知らない駅でも(多少迷っていたとしても)迷った顔をせずに歩けるようになってきた

初めて会う人にあんまり握手を求めなくなったし
再会する人にハグしなくてもあんまり違和感を持たずに済むようになってきた


…まあ、それは何かを忘れていっているということかもしれないんだけど

何かを忘れてしまっても
また後で思い出せるということでもあるのかもしれない


人と人にある距離感のようなものが
それぞれにあるとしたら

その程よい感覚をつかむのに
ある程度時間が必要だったのかな


また少し疎遠になってしまった人も
ふとした瞬間に会えたらと思うし

よく会うようになった人たちは
もっと知ってこれからもよい関係を作っていけたらとも思う


4月のはじめに

新しい風を感じながら
今年も一年この国で
もっと挑戦しながら
もっとわくわくすることをして
大切な人や物事を大切にしながら暮らしていきたい


改めてそう思った

2018/03/18

いのちのまばたき

緑のコーデュロイを着て
空へと指さす

幼さを忘れた
ひたむきな二つの魂

冬の寒さが残る
慣れない街から帰る道

ルールを嫌って
新しい形を作る

いつだって枠組みには
善も悪もあると気付かずに

いつもと違うバスに乗り
いつもと違う風を感じて

失う前には
なにかを手に入れる

省みているようで
同じことを繰り返す

もう一度はないと
何度でも言いきかす

見つめ過ぎて
融けた

吹き過ぎて
渇ききった


たった一度だけ
真実の証を
胸に抱いてい
生命の瞬き


2018/03/04

この世で一番無駄なことを考える会

2018年のはじめに、ふとこんなことを考えていた。

「この世で無駄なこととはなんだろう…」


無駄遣い
無駄足
無駄骨
無駄話
無駄時間


頭に思い浮かべてもそれらはことごとく

「本当に無駄か?」
「誰かにとっては無駄じゃないかもしれない…」

とついてくる。

世の中はなかなかポジティブにあふれている
「必要悪」
という日本語すらある。

なかなかこれこそが「無駄である!」とは断定しがたい。


そこで思ったのは

この世で ”一番” 無駄なことはなんだろう?ということ。

教育…ではなさそうだし、
娯楽か?

犯罪の方が??
それは無駄とは違う?


この世で一番「誰もが認める無駄」なことがあるとして
それを見つけたらどうする?なくすべきか?
無くなさいのなら、「無駄ではない」ということか??


なんて会話を
友達としたら面白いかなって考えたんだ。



なに、酒の肴くらいにはなるかもねえ


2018/02/26

【歌詞】カナディアン揚げ餃子の唄

肩を落とし 歩く 後ろ姿を見るたび
おいおい どうしたと 話しかけたくなる
彼はもしかしたら 昨夜友達だった人かな
頭を揺らす あの話し方が似ている

コーヒーから立ち上る 美しい湯気は見えない
あの件どうなったと しかめ面にくわえタバコ
彼はもしかしたら 明日友達になる人かな
まばたきの度に鼻をすする癖がある

しみったれた話はよせって
しみったれた顔で言うなよ
思い切り笑いたくて会いにきたんだ

だから 食べ尽くすんだ 今日は
カナディアン揚げ餃子
嬉しい楽しい 懐かしい味がするんだ
まるで君といた頃のような
輝きがみえるんだ
ぼーっとしていちゃ だめだぜ


信号待ちのたびに ため息がでる二人
言葉のない 悲しみが包み込む
あれはもしかしたらしたら いつもの友達かな
街をすり抜ける 足取りが似ている

顔を上げてはにかんで
他愛ないしゃれを飛ばす
クダらなくて笑えてしまう
これが欲しかったんだ

そうさ 食べ尽くすんだ 今日は
カナディアン揚げ餃子
嬉しい楽しい 懐かしい味がするんだ
まるで暖簾の向こうには
安らぎがみえるんだ
ぼーっとしていても いいぜ


そうだ 焼いておくれよ しょーちゃん
カナディアン揚げ餃子
優しい香ばしい ヘルシーなアレが欲しいな
またオルタナティブな夜が
思い出をくれるんだ
ぬまーっとしてるのは誰かね

2018/02/17

レーザーにやられた

男子たるもの
いつまでも少年のような部分をどこかに持っていたいものだ


などと勝手に男の子代表めいたことを述べているが、
そうじゃない人がカッコいいことだってあるから、これは多分好みの問題だろう。


幼い頃にした色々な遊びのなかに兄弟で繰り広げた
「銃撃戦」の記憶が残っている。

レーザーガンでの銃撃戦。小さい頃、兄たちと家の中や庭へ出て、
レーザーガンなるオモチャで撃ち合っていた。

レーザーガンはマシンガンのような形の銃のオモチャで、
トリガーを引くと90年代ごろの玩具らしい、マシンガンっぽい音がして雰囲気を盛り上げてくれる。

お互いがズボンに引っ掛けて身につける「的(レーザーを受信する映画に出てきそうな三角のもの)」に向けて撃ち合う。
3回まで受けても平気で4発目を受けると
的から音が鳴り、ゲームオーバーを意味する。


ランボーやロボコップ、ジョン・マクレーンなどなど、ハリウッド映画で見るようなアクションスターやヒーローはいつだって銃をカッコよく使う。

強い男に憧れる少年心としてはレーザーガンはその気になれる格好のアイテムだ。

隠れながら相手の腰に付いている的を狙って撃ち込んだりして。
相手に気付かれずに撃ち込めた時は爽快だった。(大方負けていたけど)


そんな遊びからももう20年以上経っていることになる僕が、
とうとう本物の「レーザー」をくらったのはつい先日のこと。



歯医者へ行ったところ、
処置の最後に先生が「痛かったらいってください」といって何かを患部に当てている。
大抵歯医者さんで「痛いです」と手を挙げることはないのだけれど、
初めて?手を挙げた。


痛いんじゃなくて「熱い」と感じた。

しかも歯や歯茎の辺りではなく唇の辺りが「熱かった」。


先生が「痛い?」と聞くので、気のせいかなとも思いつつ
「いや、なんか唇の辺りが熱いです」と言ったら
「あ、そう。」
といってまたちょっと再開。


「歯を治療してくれているのだから、口の周りが熱いのは気のせいかな」と思いつつ、二回目はちょっと我慢してみたが、一瞬で火傷するときのような感覚に見舞われて思わず手を挙げて足までバタバタさせてしまった。


「あ゛あ゛ぁぁっっっつあ!!」
心の中では大声を出していた。


先生が僕のリアクションを見て、
「はいはいはい、もうおしまーい」と言って即座に処置を終えた。

最後にうがいをした後、先生に「あんな感覚今までなかったんですけど、
さっきのは何だったんですか?」と聞いてみたら、

「あれはね、炭酸ガスレーザー。平たく言えば表面をレーザーで焼ききっちゃうってこと」と言っていた。

僕の唇が乾燥して二箇所くらい切れていたので、そこを治療しようとしてくれたのだろうか…深くまで突っ込まなかったが帰り道「そうか、レーザーを受けたのか…」と思い返してみた。


なんとなくSF映画のキャラかなにかの気持ちになり、

自分は「レーザーにやられたのだ」などと

考えるとちょっとニヤついてしまっていた。

2018/01/26

不自由な日本語の先にあるもの

会話において、自分の日本語が不自由だと感じることがある。

去年の5月に帰国して以来、さまざまな場面でとっさに言葉が出てこなくて
頭の中で「あれ?これ日本語でなんて言うんだっけ??」と考えてしまうことがある。
これまでに僕が話した人の中には気付いた人もいるだろう。

実際、中には
「日本語ではそういう言い方しないよ」と指摘してくれる人や
「カナダ感でちゃってるから」とか「かぶれた感じだしちゃって」
「ルー大柴」「長嶋さん」などなど色んなレベルでそこを突いてくる方々がいる。


はっきり認めよう。


私の日本語は不自由なのだ!


正直、これでもマシになった方だと思う。
当初は身体に染み付いた文化的なものを、日本のやり方に戻すのに苦労した。(一応今は割と戻ってきてると思ってる)

最初はハグと握手の作法などもズレまくっていた。
大好きな友達に再会してハグしようとしたら手が出てきて驚いた。
初対面で会った方に握手しようとしたら「普通に挨拶しろよ」と
横から諭されたこともある。
歩道のない道路を歩くときもどっち側を歩くべきか思い出せなかった。

そういう作法から始まり、言葉には今もしばしば困惑する。

カタカナが英語っぽい発音になってしまうことから始まり、
文法的な語順が少し不自然(英語的)だったり。

厄介なのは日本語も近年どんどん英語をカタカナにして
取り込んで会話している人もたくさんいるから、
英語をカタカナにすれば通じる場合もある。(無駄に意識が高い系の方と思われてしまう可能性はあるが)

日本語でなんていうか分からない状況は少しずつ減ってきたが、
日本語より英語のニュアンスがしっくり来てしまう場合、どうやって置き換えるのが適切か考えるのに時間がかかる時がある。

なんだろう…例えば
Dealとかね。(deal with + 名詞みたいなやつ)
Judgeとか?(判断するみたいなニュアンスなんだけど、人の性格を判断するような時に使うやつ)


つまりこうも言える。

「日本語だけでしゃべろうとすること自体がそもそも不自由」なのだ。

世界中にある多様な価値観に相対するには一つの言語だけじゃ難しいんだよね、多分。
日本語をどれだけ知っていても、必ずしも万人と思いを通わせることができるかと言ったらそうじゃないように。


どんな言葉を使っていても通じ合える人はいる…と。
そういう人を大切にしたいね。
いつもその人たちと対話することが正解とは思わないけど。そういう相手はありがたい存在なんだと思う。

なんかイイものが築けるキッカケになるかもね。

2018/01/21

もう一歩

1月20日を無事迎えることができて、感謝している。
自分の家族やいつも近くにいてくれる大好きな人たち、尊敬する人たちのおかげで穏やかに、自分なりの新しい瞬間を迎えられたのだと思う。

SNSから離れていく人がしばしば散見される中で、未だに遠くから祝いの言葉をかけてくれる人がいるのもまたその恩恵でもあるのだと思う。それがなくてもお祝いしてくれる人は本当に有難い存在だ。

さて、この一年はどうやって生きて行こう。
僕の人生はなんかのカーブを曲がったりしているのだろうか、そんなことは分からないし、分からなくもいいのかもしれない。
ただ自分なりになかなか難しい、予想が難しい人生を生きてきていると思う。それはみんなもそうであるように。

人生はなかなかおもしろい。
誰一人として僕と同じ人生や価値観などなくて、
誰一人僕のそれが正しいとか間違いだとか決められる人はいない。

ちょうど谷川俊太郎さんのりんごの詩のようだ。(りんごという字並びがついつい自分の名前を連想させる)


これからも、それを友達が「旅」と比喩してくれたように、僕は僕の人生の旅を満喫したいと思う。まだまだこれから辛いことや難しいこと、悲しいことも起こり得るだろうけど、感激すること、心底喜ばしいこと、わくわくする新しいこと、素敵な出来事にもたくさん出会えるはずだと思うし、そうあるように生きていけると思う。

学んで、挑戦して、日々に感謝して、人を大切にしていきたい。

・Be Positive
・Be Calm
・Be Creative

そんなことを思いながらも、
もっと笑って、もっと感動していきたいし、
もっと賢く、もっと優しくなりたい。
そして自分の持ちうるものを使って、誰かに何かを与えられる人間でありたい。

そして、音楽とこれからも仲良くありたい。

この年もまた良い一年にできるよう、
それから目指す未来に向かって少しずつ進むめるよう、
楽しみながら頑張ろう。


新しい一年のはじめに。

2018/01/06

An Oral Invader

It was in the late 2017 when I went to see a dentist for checkup for the first time in about five years. I had a letter from a ward office of the city of Tokyo and said that I can get free checkup for dental health. I just didn't come up any ideas that I wouldn't use this "free ticket for being health". So I took an appointment to see the dentist, the one close to my place.
I was nervous before I go, because I sometimes find myself that I forget how to do things naturally in Japan since I have come back to Japan last spring. I know they have an assumption that I can act like an ordinary Japanese in his 30s as I look 100% Japanese guy who speaks its mother tongue with no problems. People here aren't so nice to these particular kind of people.

Anyway, this is for my health. So I went there. 

There were two people who checked my teeth. The first person, she is a dental assistant I suppose, said that I don't have any cavities which need to be fixed. But the second person who looks like the main doctor of the clinic  said that I have a few of bad teeth. It was shocking but I immideately booked the next appointment after the checkup, meanwhile I put aside a question popped in my head "why is there a clear difference between two people?". 

On the second appointment, they told me that they'd like to "make sure" the way I brush my teeth. Again, the female dental assistant showed up first and she spread chemical liquid on my teeth. She made me hold a hand mirror and said "you see red color on some of your teeth, those are the teeth you couldn't brush well".
I saw my tendency in terms of brushing teeth and thought I should spend more time to do it carefully. I learnt something important but it wasn't an end. She said "okay, let's clean this up now" and started brushing my teeth. I, as an adult guy, have never been brushed my teeth from a young lady. I blushed but I didn't resist because I thought it's an usual procedure for them to do, so I accepted.

I have never experienced to see a dentist back in Toronto. Then I began to wonder that there is the same way of treatment all over the world.