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2018/01/26

不自由な日本語の先にあるもの

会話において、自分の日本語が不自由だと感じることがある。

去年の5月に帰国して以来、さまざまな場面でとっさに言葉が出てこなくて
頭の中で「あれ?これ日本語でなんて言うんだっけ??」と考えてしまうことがある。
これまでに僕が話した人の中には気付いた人もいるだろう。

実際、中には
「日本語ではそういう言い方しないよ」と指摘してくれる人や
「カナダ感でちゃってるから」とか「かぶれた感じだしちゃって」
「ルー大柴」「長嶋さん」などなど色んなレベルでそこを突いてくる方々がいる。


はっきり認めよう。


私の日本語は不自由なのだ!


正直、これでもマシになった方だと思う。
当初は身体に染み付いた文化的なものを、日本のやり方に戻すのに苦労した。(一応今は割と戻ってきてると思ってる)

最初はハグと握手の作法などもズレまくっていた。
大好きな友達に再会してハグしようとしたら手が出てきて驚いた。
初対面で会った方に握手しようとしたら「普通に挨拶しろよ」と
横から諭されたこともある。
歩道のない道路を歩くときもどっち側を歩くべきか思い出せなかった。

そういう作法から始まり、言葉には今もしばしば困惑する。

カタカナが英語っぽい発音になってしまうことから始まり、
文法的な語順が少し不自然(英語的)だったり。

厄介なのは日本語も近年どんどん英語をカタカナにして
取り込んで会話している人もたくさんいるから、
英語をカタカナにすれば通じる場合もある。(無駄に意識が高い系の方と思われてしまう可能性はあるが)

日本語でなんていうか分からない状況は少しずつ減ってきたが、
日本語より英語のニュアンスがしっくり来てしまう場合、どうやって置き換えるのが適切か考えるのに時間がかかる時がある。

なんだろう…例えば
Dealとかね。(deal with + 名詞みたいなやつ)
Judgeとか?(判断するみたいなニュアンスなんだけど、人の性格を判断するような時に使うやつ)


つまりこうも言える。

「日本語だけでしゃべろうとすること自体がそもそも不自由」なのだ。

世界中にある多様な価値観に相対するには一つの言語だけじゃ難しいんだよね、多分。
日本語をどれだけ知っていても、必ずしも万人と思いを通わせることができるかと言ったらそうじゃないように。


どんな言葉を使っていても通じ合える人はいる…と。
そういう人を大切にしたいね。
いつもその人たちと対話することが正解とは思わないけど。そういう相手はありがたい存在なんだと思う。

なんかイイものが築けるキッカケになるかもね。

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