Mellow Symphony Official Blog

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2020/12/28

街の空気か受信アンテナが不調

不穏な空気を感じる
そんな日がある

誰からもハッキリとはでてないが
誰もからジワジワと溢れ出てきているような

そんな街の気配


ちょっと…疲れた?…いや、かなり??

緩んだかな?
それって

もうこれ以上、引き締め続けることができないっていう人々からのメッセージでもないかな。


あっちもこっちも大切にしたいとか
色々変えるのは難しい
誰かに損があると分かっていて決断するのは避けたい

何となく意味ありげなこといっておけば

何とななくある程度の人は言うこときいて
流れた情報に

従ってくれるんじゃないか

そんな風に期待しながら
特権階級で良かったなあなんて
他人事みたいにステーキ食べながら話してるのかな

その結果が
もう歯止めのきかない

じしゅく
ようせい

なんて、
もう右から左へ流れる

そんな世間を作ったんじゃないか


なあんだよ
結局は
真面目に勉強して
良いとこの大学でた
金のある家庭にうまれた
煩悩まみれのぼっちゃん

そんな人たちに
大きな組織を牛耳られて
長い物に巻かれる人か
何もできない人

それがほとんどの構図かよ


農水省の某が
大枚を握っても
体調が悪いんでって
プールを休む女学生のほうがまだ合点がいくな

そして

大枚を
握らせたやつは
どうした??

2020/10/11

新しい生活様式

そんなことが政府関連の報道やニュース番組で流れる 

なんだか今は誰もがみんな模索している気がしている…本当に誰もがというわけではないけど。

多くの人が、新しい生活様式に対して「そんなのあるのか?」って思いながら

今の状態が一時的であることを願いながら

それでもこのあまりに長い「一時的」の状態に耐えかねて

何かを変えてみようとしたり

溜まったストレスをどうにか解消するはけ口を探したり

これまでギリギリで保っていた人たちは

それがボロボロと崩れているように思う


気が付けば、僕が最近読んでいる本は

マインドフルネスとか、生きることに関する詩集とか。

どうやって精神の健康を保とうか、というアイディアを求めているような…


新しい生活のスタイルを形成したり、受け入れるというより

この状況下で、自分が安心、安全、安定した状態でいるために

欲するものはなにか


そんなことを誰もが探し、得ようとしているのかもしれない


2020/09/15

乗り遅れるキャンペーン

マーケティングというものにここ4、5年のうちに興味を持ちはじめ

本を読み、話を聞き、知識を少しずつ深めようとして

気が付けばマーケティングというものと密接に関わる仕事をやっている


そんな中、日本に帰国してから(カナダの文化との違いなのか)商業、販売戦略の上で、やけに目を引くPR戦略や、キャンペーンがあることに気が付き…これはとても興味深いなと考えていた。


電子マネーが本格化した近年、PayPayがでたときのあの大々的なキャンペーンはすごかった。

あの時、大型なキャッシュバックキャンペーンにより、一気に存在感をユーザーに植え付け、みながPayPayを利用し、利用者はちょっとお得をした分、どんどん消費をしたと思う。

各店舗もあの時一気にPayPayを導入するところが増えた。

(まあその後気が付けば、トロントでは圧倒的にキャッシュレスが進んでいたけど)

PayPayはちょっと前にもセブンイレブンのお会計で700円以上使うと、先着でChumsのエコバッグがもらえるというキャンペーンもやっていて、レジ袋有料化の流れとうまく沿ったキャンペーンに感じた。社会にあるニーズと、消費のマインドのバランスを上手に見えている気がした。


ほかには、ポイント〇倍!!というキャンペーン。

ポイントカードで顧客を囲い込む時代もひとしきりやり切って、財布にはポイントカード、スタンプカードだらけ。その中で、どうやって差別化をはかるか。どうやったらそのお店により多く、わざわざ選んでいくようになるか、そういう側面での施策なのだろう。


2倍3倍ならまだしも、たまに5倍、10倍とか、プラス100ポイント!という数字を見て、「そんなにアップするなら最初からもうちょっとポイント付くようにしたら!?」とすら思い、驚いた記憶がある。


それにしても太っ腹というか、今日日のキャンペーンはそれぐらいしなければ効果が思うように出ないのだと思う。

みなが注目し、みなが使いたくなり、みなが使った上で、お得だ!と思うことで、利用される数があがり、ひいては営業成績がのびる。


利用者は、圧倒的なくらいお得!が好きだ。

みんな「得したい」のだ。

消費の中には、敢えての高級志向というか…なんでも安いものではなく、こだわりのものはちゃんと少々高くても良いものを買いたい!という流れは何年も前からある…けど、

まだまだ安ければ安いほどいい。ことを信じている人も多いと思う。(世相ですかね…賃金や社会保障の関係もあるよね、きっと)


そんな時流がきている中で、同じノリでふと他のキャンペーンに目をやると「しょーもない…」と思えるキャンペーンがある。


例えば

・バーコードを2枚、ハガキに貼って応募

⇒このスマホ時代にまだハガキで懸賞応募!?しかも詳細はQRコードで…!!??


・期間限定!30000円以上のお買い上げで2000円引き

⇒たまたま買いたいものがあれば、こういう割引は嬉しいけど。買うか買わないか迷ったりしている人は、これで動くのか??しかも3万円て…そんな大金ガンガン使う人なんてたくさんいますかね…


・1000円以上お買い上げでシール1枚、10枚集めるとかわいいお皿が最大60%オフで購入が…

⇒いや、買うのかよっ!さんざん買ってポイント集めて、まだお皿買う!??


そんな風に今日のスタイルに乗り遅れているキャンペーンを考えているのは一体どういうチームなのか。

PayPayのように大規模でのキャンペーンはきっとコストがかかって難しいとは思う。それにしてももう少しうまくやっているところはある。

ちょっと思い切って、大胆なキャンペーンやるとか。

もう少し上手にオンラインを活用するとか。


新しいキャンペーンのやり方。

これを自分ならどうするか。そんなことも考えながら、これからも注目していこうと思う。

2020/08/28

主役はいつもピーチ姫

8月の半ばが過ぎ、
もうすぐ9月になろうとしている。

東京に住んでいると
山梨の田舎から、母が作ってくれた果物や野菜を送ってもらうことがしばしばある。

地方に田舎を持つ人によくある「支援物資」的なものだ…よく…はないのかな、今では。

6月はさくらんぼ
それが終わると7月の後半には桃がある

果物はよほど投資をして、コントロールをした環境でなければ、他の農作物と同様、基本的には自然との共存。商品の善し悪し
、できるタイミング、収穫できる時期なども気候や天候に左右される。

毎年さくらんぼや桃を送ってもらうと、「お、今年もこの季節がやってきたか」と感じながら、有り難く頂いたり、タイミングが合えば友人におすそ分けするのだが。

桃と一緒に送られてくる李。
すももは桃と同じ頃に収穫される。

小さい頃から桃は大きくて、甘くて、皮まで美味しい。子供にとっては最高のデザートだった。
スモモは…すっぱい、甘いものもあるが、基本はすっぱい、ジュクジュクに熟れると食べづらい、そして皮なんてもうめちゃ酸っぱい。

そういう幼い頃の記憶もあってか、桃と李が同じ時期に収穫されて、田舎から送られてくると…スモモがすすまない。

友人に持っていっても、桃は喜ばれるが…スモモは…そこまでウケがよくない。

そんな風にいつも桃というスーパースターの影に隠れて登場するスモモ。

スモモの存在とは一体なんだろうか。この世の中に、スモモが好きでたまらない人はどれくらいいるのだろうか。

最高に美味しい食べ方がもっとあるのか?

スモモは英語でプラムと言われる。
プラムといえば、梅酒のことを、プラムワインと呼ぶ。

プラム≒梅
ということなのだろうか。
何も解決しないが、だから酸っぱいのか?という気構えはできるようになる。

むしろ味や食感としては、
いつか食べた生のプルーンに似ている。
というか、トロントではじめてプルーンを生で食べたときに、スモモのことを思い出したほどだ。

プルーンみたいにジュクジュクのジャムみたいにしたら美味しいのかな。

そういう商品も道の駅なんかに行けばあるのかもしれない。

スモモをお酒に漬けるというやり方もあるが、
今回それを考えていたところ、父から「いやあ、食べた方が美味しいよ」と言われたので、結局今回は食べた。

12コくらいのうち、
1コだけ最上級にアタリなスモモがあった。
見事な甘みと酸味。
これなら好きになれる!いや、むしろピーチを超えられるかもしれない!!
とすら一瞬思った。

だが、それは一つだけの出会いだった…


食べる前に甘さとか酸味を見分ける方法とかあったらなあ…




2020/08/15

エコい人

レジ袋が有料化になります!
少し前にそんな話がニュースで飛び交っていた。

わざわざゴミを入れるための袋に金を出したくない
レジ袋なんてゴミ全体のほんのわずかでしかないんだから環境のためになんかならない
店員さんが客にレジ袋がいるか聞くと、手で持ってけっていうのか!?とキレられた

などなど、意見が飛び交っていたようだ


トロントにいる頃、ショッピングをするときはほっとんどの店舗で袋は有料だった。

なにをかくそう、カナダに住み始めた時にまず最初に英語のネイティブに話しかけられて聞き取れず困った言葉は、スーパーの店員さんに聞かれた「Do you need a bag?」だった。

コンビニで会計が済むと、僕が小銭を財布にしまっているうちに店員さんが僕が買ったポテトチップスとジュースの袋をスッと前に押し出す。
僕はコンマ何秒かの間…えっ?っと一瞬戸惑う。そのままくれるのかよ?と。

スーパーでもエコバッグにパンパンに詰める人もいれば、レジ袋を買う人もいたり、店舗にあるご自由にお持ちくださいの段ボールを使う人など様々だ。

最初の頃は多少戸惑ったが、暮らしているうちに有料袋にもなれて、買い物のときはエコバッグを持ち歩くようになり、「必要なときだけレジ袋を買う」生活にも慣れていた。

だから、日本で再び住み始めたときにレジ袋文化には違和感があった。
ただでさえ、過剰包装の商品が多いなか、まだ当たり前のように袋に入れてくれる。コンビニにいけば、ストロー、ナプキン、割り箸、フォーク、なにも言わずともついてくる。
何も聞かれなくても付いてくるというのにむしろ違和感を覚えていた。

一度袋に入った野菜を買うときに、エコバッグを持っていたので、レジ袋を要らないと断ったら、「え、そのまま(エコバッグに)入れるんですか?」 と言われたことがあった。


…エコバッグってそうやって使うんだよ。


西友は親会社がWallmartだからそういう動きは早かったかもしれない。

イオングループのお店なんかでもいち早く有料化の動きがあったように記憶していて、なんとなく感心していた。

今日では、安いとか上手いとか以外にも社会的な意義というか、大義があるというか、「環境に良い」とか「深刻化する社会問題に対する解決策のアイディアとなるもの提唱している」という企業の姿勢は、今までよりも評価にあらわれやすくなっているように思う。

もっとそういった動きが評価されるべきだと僕も思う。

そして対局を一気に動かすことは難しくても、物事に関心を持って生きている人たち、消費者一人ひとりが、自分が正しいと思う選択肢を選ぶことができればそれはいい流れに繋がっていくのではないだろうか。


ゴミを処理するのだって、費用がかかる

最近ではマスクを道端でよくみかけるが、自然に還っていかない素材でできたものたちを使い、それが自然の中に放置されていけば、地球のどこかにそのしわ寄せが回っていく。


だーかーら
今日もこんなに暑いのかもしれないよ??



レジ袋を有料にしたぐらいでは環境は改善されないかもしれない

だがまずはレジ袋が当たり前に付いてくるというその意識から
少しつついてみることで、人々の環境に対する意識が変わっていく可能性は充分にあると思う


2020/08/11

宿替えた

先日の怨念のやや籠もったブログにも書いたとおり、そういうわけで宿をかえた。

新しい場所は、新しい環境を作り、新しい流れを作って行く。

利用者を金づる程度にしか捉えてない横柄な不動産管理会社カチアルとの出会いはさておき、スタートはまずまず。部屋事態はそこそこ気に入っている。

少しずつより快適にしていけるように、暮らしをシフトしていけるといいなと願っている。

前の住んでいた場所からも自転車や下手したら歩いても移動できる距離ではあるものの、逆にそんな少し移っただけで生活に関係する様々なものが変化する。


東京で宿をかえるたびに、カナダでの生活を思い出す。


2017年に帰国したから、もう3年経ったことになる。


身体の中から、トロントでの暮らしが抜ける…というか、薄れていくような…そんな気持ちになることがある。

距離もそうだが、時間の隔てはなかなか人間を、そしてその関係性を、変える力がある。

コロナウィルスの世界的大流行の影響もあって、今年はトロントを訪れることができるのかも…まだ不透明だ。(完全には諦めてはいない)


引き続き、僕は前に進んでいきたい。

2020/08/02

不動

不動…
それは動かないこと。


上京以来、都内で住む場所を変えること5回。
その後トロントで4回。
そして再び東京で住みだして3回。

トロントでは家ではなく、部屋だけを借りていたのと、個人間の契約が主だったが。

東京では毎度不動産屋、仲介業者、大家、オーナー、管理会社、大家が契約する修理業者などとやり取りをすることになるが…

まあ〜
ほっっっっっっとんどロクなやつがいないね!

不動産の仲介業をやっているところには割と気の利く優秀な方々もいる。(この業種は契約させることこそが金を生むので、営業力がある)

そういうところは大手というか…個人店じゃないところが多いように思う。

でも昔からありそうな町の不動産屋的なところ、大家、オーナー、管理会社やナグモコウギョウみたいな大家などと直接契約している修理業者など…

まあ、ロクな仕事するやつはいない!

そういう人たちと関わってほとんど良い経験をしたことがない。

ほんと昔の町役場みたいな悪さ。(今は区役所とか結構丁寧だし、システムも整っているところも結構あるよね)

なんもしない!
金はしっかり取る。

企業努力的なものがない!!

競合がいないと業界ってのは、どこもそうなるのかなあ…。
足もと見ているっていうか、契約のやり取りなんかもすごい一方的だし。殿様商売。言い値をこちらが聞くしかないみたいなの多いし。

顧客満足度みたいなものがね…発想としてないのかもね。

管理会社なんか顧客はオーナーであって、利用者はただの数字ぐらいにしか考えてないのかもしれない。

大家さんだってそりゃあ中には、家賃の滞納とか、そういう厄介な利用者に住まれちゃったなんていう経験がある人もいるのだろう。
そういう成れの果てとして、厳しいルールや管理体制を組むのも分からなくもない。

でも優良利用者とそうでない利用者が同じ待遇というのもなんだか納得がいかない。

この業界もきっと昔からのやり方でずーっといるんだろう。
礼金などという、ワケもわからなく礼をすることを強いられるシステムもそうだ。

そんな風にうまく回ってきて、今でもそうしているところもあるだろうが、東京の23区でも未だに昔からの不動産屋だの、礼金だの、古く錆びついた慣習が横行しているのだからどうにかなるべきだ。

今ではネットで全国どこの物件だって見れるのだから、間を取り持つ業者などもっと淘汰されてもいいと思うし、システムも洗練されたり、新しいやり方がもっと増えていっていいと思う。
電気の自由化みたいに、利用者が選べる選択肢が増えるべきだと思う。

ウェブサイトを作る能力があったら、不動産業界の口コミサイトを作りたい(1件似たようなのかあるが、会員制で使い勝手もよくなさそう)。
物件はもちろん、契約した不動産屋、管理会社(カチアルは最悪です)、大家、隣人、住環境などなど、情報を口コミによって可視化できるプラットフォームがあるといい。
この業界には先に契約して、金も払ってからでないと善し悪しを判別できない部分が多すぎる!(好きなアーティストの新作を買うのとはワケが違う)

今はシェアハウスの文化なんかも随分増えてきている分、多少不動産業界の中にも新しいやり方というのは導入されてきているのだろう。
連帯保証人の制度も、高齢化によって連帯保証人が年金受給者などが増え、保証人の代わりに保証会社の利用を必須条件とするところが増えたとも聞く。

もっと様々なところが変化していけばいいなと個人的には強く感じているが、どこかの政党のように、保守的な人々やそうした発想に囚われすぎているのかもしれない。


動けよ、不動さん。

2020/06/29

近視眼的

この場所でいいのか
この街でいいのか
この区で
この都市で

この国でいいのか

選択は強い意志を持って行えば
思っているよりも広い世界が目の前には広がっている

そんなことを思いながら

今住んでいる部屋をでることに決めた

至極真っ当というか、
東京的なのだろう

住みにくいのだ


床もミシつく木造の家では
下の部屋から安居酒屋での飲み会みたいな大声が夜中に響いてくる
昼間に電子ピアノの鍵盤を熱狂的に叩く音が聞こえてくる

かと思えばこちらが大きな声で歌ったり
少し(主観でいう「少し」などアテにならない)ギターを爪弾けば、叫び声と共に壁を叩く音が聞こえる

そうなればこちらも我慢していない(もともと向こうが我慢している可能性も忘れてはいけないが)
あちらが夜中に騒がしいときに床を強く踵で蹴ってみた


…はい、終わり

もうここからは誰も得しない、泥沼

終いには相手の細かい音まで気になってしまい
気に入らない音があればすぐにノイズで不快感を表明する

お互いの目は他人の粗を探しあうような部分に視点が集中してしまい

他の事実に目や耳も行かなくなる


いいさ、初めてのことじゃない


そうなれば自分は新しい場所を探すのみ
隣人は当たり外れの要素もあるのだろう


許し合うことは難しい

特にこの都市には
長いこと
許す能力よりも
相手を不快にさせない→迷惑をかけない能力こそが
ただ唯一の、尊く、最高の能力とされてきた
そんな価値観が蔓延っているように思う


それでも昨今耳にする
助け合いの精神や
最近の気候変動、性別、人種、かつての社会的なヒエラルキーなどに違和感をもっている方々の声を
以前より聞けるようになってきているのは

個人的にはちょっとした希望のようにも感じている


時代が移り変わる
というのはこういう事なのかな

2020/06/16

また6月

2020年は世界一斉に激動の月日…?世界中が同じことを原因に揺れている。
極東の島国には、想像することはできても、共感するのが難しい出来事も地球上にはたくさんあるのだけど、このウィルスの問題に関しては奇しくも世界中が同時に困っている。

そんな月日がもう3ヶ月前後。そりゃあ世界のあちこちで変化や、結果、歪みや、鬱積、開放などなど、噴出してきているところもある。

何ができるかな。

思えばこの6月で東京に再び住みはじめて3年経ったことになる。

色んなことをまたこの地で経験して、人々と共有して、または一人で思索を巡らせてきているけども。

難しい街だな。(いや、この国か)


仕切り直してもう一度。

まだまだ僕は
好きな自分を見つけて
そこを伸ばしてあげたい

好きな人々とたくさん出会って
良いエネルギーを交換していきたい


人生をよりおもしろく

それを僕のためにしてくれるのは
僕自身だ


2020/06/09

どう賭けるか

今までのような生活と比べると
行動範囲を制限することが必要となったこの時期

なにかと自分の時間の使いかたとか
気持ちや頭を向ける方向など
少し変わったところがあるんじゃないだろうか

溜め込めるとそれが鬱憤となってどこかや誰かに向けて放出されたり
ソーシャルメディアへの付き合い方が変わったり
社会がどのように動いているのか今までよりも興味が湧いたり
もしくはより内なるものに目を向けたり
その全部が少しずつ起きたりもしているかもしれない。


こんな時期に世界では
病気だけじゃなく
職場の環境や
経済の影響で
苦しんでいるひとや
家庭内暴力など様々なハラスメント
人種差別
職権乱用
政治汚職

あれこれ人類が併せ持つ「歪み」が浮き彫りになって見えたりして
いや、今までもずっとあったことがほとんどだけど。

ずっと見ていると疲れちゃうけど
見過ごすわけにはいかないようなひどいことも間々起きているよね


そんな風にあれこれ出てきて
その一方で何か影をひそめるものがあるとき

あなたの目はどこに向けられるか
その時間や発想はどう使われるか

たとえばここ東京なら

今度の都知事選挙に向けて
候補者は今どんなことをしているのか
もしくはあなたの生活しているところにいる
区議会議員
都議会議員
市議会議員
県議会議員など
その方々は、今どんなことしているのかな

選挙のときは一生懸命アピールするだろうけど
選挙していないとき、なにしているのかな
たとえば今みたいに生活に困っている人がいるとき
そういった人々の税金で給料を賄っている人々は
助けがいる人たちに手を差し伸べてくれているかな

その人が人々の生活、もしくは別の何を大切にしているのか
そんなことを見極めるような時間にしてもいいかもしれない

そして望むと望まざると払うことになる税金が
確かな方向性に使われているのか
それを見定めたうえで
次はだれに賭けてみるか

そんなことを考える時間にしてもいいかもしれない

議員は麻雀牌のように運に任せてひくのではなく
こちらが選べるのだ

2020/06/07

物欲の夏

欲しいものがある

いや、しばらく前から欲しいのだけど。
前から思い切って買えずにいる。。。高くて。

なんでこう、家電というか、電子機器は高いのか。

いくつも持っている自分もよくないのかもしれないが。
それぞれがどんどん古くなってきていて、
重たい、動きが鈍くなってきている

とはいえ、どれも同時には買うわけにいかない
といいながら、まだまだ動くし、使える
という発想では
最新のものを使ったときに得られるはずの

体験

が得られないんだよなあ


紙に書いてなにかをまとめてみようとしたが
全くなにも整理されず
むしろ付随して欲しいものが頭に浮かんできてしまった


ふむ…これはよくない
身の丈に合っていない、気がするぞ


2020/05/26

犬も歩けば

散歩をよくするようになった。
はじめたのは今年の2月か3月頃からか。

日々の運動不足(とアルコールの過剰摂取?)を多少なりとも解消したいという思いからはじめたが、気づけばそのまま「自粛生活」を余儀なくされたので、日課がてら、できるだけ毎日外を散歩している。
(マスクをしながら、人混みを避けながら…時には人とすれ違う時までなんとなく警戒しちゃったりして)

まあ何もしないよりは、ストレス解消と、健康維持に役立っているような気はする。

考えてみればもともと歩くのは好きだし、
どこか旅行にいったり、知らない街へ行く機会があれば
ちょっとでも散策してみたいときは散歩をしてみる。

これは趣味…ともいえるのかもしれない😀

歩いていると素敵な家を見つけたり(建築物を見るのが好き)
野良猫に出くわしたり、
柴犬に出くわしたり、
「ご自由にお持ちください」に出くわしたり(先日酒屋さんからビールジョッキを手に入れた)
制作中の音楽やリハーサルの音源を確認できたり
何かと歩きながらできるのも好きなところだ。

歩きだしてから近所で複数回
ご高齢の方と出くわした
それもただ出くわしたのではなく
あちらが、目の前で転んだり
ふらふらっとしていたり
自転車ごと倒れてしまっていたり
何かトラブルに見舞われている

倒れるご老人のその脇を
軽快にすり抜けていく人
その人へのいくらかの疑問か憤りなどを感じつつ
正しいやり方?もよく分からないながら
転んだ高齢の紳士を起こす
荷物をいっぱいにもった貴婦人の
ビニール袋を代わりにもって
お住まいのマンションまで並んで歩いたり

こういう機会があるだけでも
なんというか…少しでも人の役に立てることもあるのだなと
そんな風にも思う

誰かを助けられないほどの状態にも
この街ではなることもあるだろう

その時正しいと思える選択を
選べるような自分を作っていく必要があるのだろう

2020/05/22

宿替え

住む場所を変えようかと考える

こんな風にどこにも行けなくなったときに
君はその自分のいる場所と改めて向き合うことになる

良いところじゃないか
いや難しい隣人がいるな
あそこの角はいつも通るたびに気味が悪い
このスーパーは安いし品数も豊富だ
なんか最近おかしな人によく出くわすな

なあんて思ったらしているうちに

本当にここにいたいか?
ここに居る意味あるのか??

なんて思ったりして。


僕はというと、もう三年以上前から僕の住みたい場所はあって
はいはい、どうして、
未だにこの23区でどういうわけか暮らしながら
気にいる部分と
気に食わない部分を両手に抱えては

どちらの方が重いか
そんなことを測っている

もっと都会の方がいいだの
もっと自然があった方がいいだの

もっと美味しいお店が多い方がいいだの
もっと居心地の良い隣人が欲しいだの

あげればキリがないだろう


そんなときに重ねて思うのは
この場所、この地方、この国の
為政者はどんな人かな

任せても安心な人かな
何を大切にしている人かな


こんな人たちが政を動かしている国って
住みたい場所かな


そんなことをふと考える


もし選択肢があれば
あなたはどうする?


実は選択肢はしばしばやってきているとしたら
あなたはどうしてる?

2020/05/16

沈黙の四月が過ぎて

5月も後半に入った

4月はあまり大きな音をたてずに
さっと過ぎ去っていったようだった
少し思い返せば不思議なひと月を過ごした。

自分の意志に反して生き方が変わるくらいの出来事って
これまでの人生でそんなにたくさんないから
異様な体験をしていたように思う。

(それはまあ、今も続いているんだけど)

気が付けば4月が過ぎていて、
ウイルスのことが気になっていた2月、3月
迷いながらも半ばにライブをやって
3月を終えてから
あっという間

静かに桜の季節は過ぎて

気が付けば5月の半ばまできている。

すでに2か月前後こんな感じで過ごしていることになるのか


みんなどうしてるかな
会いたい人たちの顔が頭に浮かぶ

友達と会うのを禁止されているわけじゃないんだけど
街を歩けばたくさん人の顔は見てるんだけど

なんか変な感じだね


大切なひとたちが
みんな健康でいることを願っています

2020/03/23

こんな三月になるとはね

毎月開催している洋楽を使った英語レッスン
僕自身生徒さんと一緒に歌うのを楽しみにしているのだけど
今月は中止にした

やるっていえば
スタッフさんも生徒さんもその時間に、その場所に
いなくちゃいけない

生徒さんの中には高齢者介護を日常的にしている人もいて
自分が万が一にも感染してはいけないという思いの方もいる

みなさんが毎月楽しみにして来てくれているレッスンを
無理して開催したとしても、来ない決断をした人のためにもならない

そうした一方で
先日18日に予定していたメロウシンフォニーのライブは予定通り行った


正直、開催直前まですごくキャンセルするか迷っていた
事前に打ち合わせが軽くあった時に
キャンセルの案が他の誰からも出なかったので少し驚いたけど

会場となった渋谷のお店は普段から飲食店としても機能しており
お店でライブをやらなくても、バー営業をするということになる

そうなったときに、
巷で通常営業をしている飲食店と何が違うのか?
そう考えると
必ずしもキャンセルだけが唯一の選択肢という風には振り切れず

むしろ、たとえ当日会場にお客さんがこなくても
自分たちが少しでも飲食して、お店の売り上げに貢献する方が
渋谷にあるような(既に普段より客入りが少なくなっていると思われる)飲食店のためにはいいのではないか?

そう考えた

そしてライブをした場合
来場しなかった人にも動画で見せたりすることで
気晴らしになるかなとも思った

実際に当日会場にきてくれたお客さんたちは
近頃のうっ憤を晴らすかのように
楽しんでくれていたようにも感じたし
満足した顔でお店を後にする姿をみて

ここに来てくれたみなさんのためには
やってよかったのかも?と思えた。
(もちろん、あの場にいたみんながその後も健康でいることが何より大事だけど)

政府のいう
「二週間の自粛」期間がちょうど終わっても
事態は収束に向かっている様子はなくて
世界的にはむしろ状況は悪化していて
そして都内を含む日本が発表している情報がどこまで本当かもにわかに信じがたい状況で

マスクが意味があるとかないとか
紙類がなくなりそうだとか買えないだとか
検査をした方がいいだのしない方がいいだの

国もそうだけど
東京都は何をやっているのかとか

一方では仕事が縮小しすぎて困っていて
ある一方では仕事が追い付かないくらい忙しい人達もいて


みんなそりゃもう
何を選ぶのが正解か分かりにくくもなるし


疲れちゃうよな


2020/01/22

そしてもう一度新しい一年

1月20日に誕生日を迎えた。

この時期はいつも新年と、自分にとっての新しい一年をどう過ごすか…そんなことを考える。

ここ何年か、人々とソーシャルメディアとの付き合い方が、それぞれ変わりだしてきているとはいえ、未だに誕生日になるとフェースブックを通じるなどして、誕生日をお祝いしようと、メッセージをいただけたりする。

しばらく会っていない人も、会っている人も、イギリスやカナダ、また台湾など方々からお祝いのメッセージをもらえるのは嬉しいものだ。
家族からも電話やメッセージをもらったり、長年の友達からもお祝いをもらうなどすると、改めて感謝の気持ちになる。

ありがたいな。お祝いしてくれる人がいるなんて。
嬉しいな。優しくて、おもしろくて、尊敬できる、素晴らしい人々が周りにたくさんいて。


37年と考えるとなかなか長い数字だ。
いつからか描いた未来になった部分とそうでない部分はいつだってあるけど、それでも今が一番これまでの自分の中で最上級になるように生きてきているつもりだ。

そして新しい一年も、まだまだ伸ばしていきたいと思っている。

挑戦して、成長して、わくわくして、考えて、学んで、行動して、楽しんで、笑って、おもしろいこと、たくさんしていきたい。

誰かと共有して、協力して作り上げる、素晴らしいハーモニーを奏でたい。

他人をジャッジせず、羨まず、妬まず、
人のために喜び、祝い、能力を発揮する。

そんな人間を、引き続き目指していきたい。


今年も新しいことをするんだ。
音楽とももっと深い付き合いになるんだ。
あと、英語とも…かな。


図らずも、今年からは会社の代表になったということもあり、
慣れないビジネスの側面でも、成長していけるよう精進したい。


ちゃんと大切な人や物事を、大切にしたいときに、大切にできているかな。

人生を、もっと素晴らしくしていこう。
2020年もよろしくお願いします。