Mellow Symphony Official Blog

自分の写真
MUSIC AS MAGIC!! Singer Songwriter Mellow Symphony's Blog

2021/07/12

罰ゲーム

罰ゲームをやりたがる
そういう人が小さい頃まわりにいた
そしてその人のそういう部分はあまり好きじゃなかった

自分が優位に立つ
もしくは
自分が負けても嫌ではない

そういう罰ゲームをけしかけられたりした

思えばどこかのタイミングでは
自分がけしかける側に回ってしまっていたかもしれないと
恥ずかしい気持ちにもなる

そういう罰ゲームを押し切る人の理論は大抵

A「〇〇で負けたほうが罰ゲームな」
B「嫌だ」
A「いいじゃん、頼むから。一回だけ」
B「えぇー」

で結局勝負
こっちが買った場合

A「ちょ、待って。もう一回だけ」
B「嫌だ」
A「いいじゃん、勝ったんだから。頼む、もう一回だけ」
B「嫌だって」
A「お願い、お願い!」
B「嫌だってば」
A「分かったよ、もう。じゃあジャンケンで勝ったら決めていいから」

みたいなよくわからない流れから、最終的には当初の水掛け論から、ジャンケンへと話をスライドして、結局勝負をしたくないという主張に対し、無理矢理勝負をねじ込んでくる。

最初からジャンケンの話などしていない。
そもそも罰ゲームをかける勝負をしたくないつと言っているのだが、いつの間にかジャンケンが妥協案かのように、勝負を持ち込まれる。


一連の政府が運んでいった今年の東京オリンピック開催の流れは、それを想起させた。

望んでいない声などを無視して、最終的には開催するかしないかに対する議論をごまかしにごまかして、ギリギリのところまで持っていった挙げ句、「今更キャンセルや延期はできない」

客をどうやっていれる?
どれだけ入れる?
という話にすり替えられてしまった。

もしかすると最初からこれを狙っていたのだろうか。

だとすると、観客の有無や会場内な
アルコールの提供有無など、ところどころに、値切りのテクニックにも似たようなものを感じる。

100円のものを買うときに
70円くらいまで値切ることを狙って

40円!
とスタートしてみる。
粘り強く交渉しながら相手も90円、うーん、80円!とくる。

こっちも
じゃあ50円!60円が限界!!

とかなんとかいいながら、
しょうがない、70円で手を打とう。

と持っていってストンと落とすような。

ハナから無茶をふっかけることによって、落とし所になるような答えでも充分な得を得たことになる。
そういう論法。

この論法が通じないときは唯一
相手の代替案にこちらが全く折れずに、
最初から一貫して同じ答えから提案を崩さないときだ

個対個
一対一のときでは
その状況は相手によっては関係を悪化させたり、後腐れがあってよくないかもしれない

ただそれが
対組織ならどうだろうか

ポイントは組織対組織になれるか
組織対個に
持っていかれてしまわないか

その辺りが難しいのかもしれない

2021/06/17

値上げ

武蔵野を代表するフォークシンガー高田渡氏が遺した名曲の数々。

とかなんとか言ってみたものの、その深みの善し悪しもよく分からないまま、その軽妙洒脱な雰囲気になんとなく惹かれて、よく聴いていた。

普通に傍からみればただのダメダメ人間みたいな人が、ミュージシャンという形でその不思議な魔法を使って、なにかを超越したような気付きを与えたり、人の心にずしんと響く、そんなものを届けることができる。最高だと思う。

それはそうと、その高田渡氏の名曲の一つ、「値上げ」をふと思い出した。

新聞の見出しを繋げた歌詞みたいな、そんな書き方をした曲だったと思う。

それは時の政府が、「値上げ」という国民が嫌がるような施策をいかにして、なし崩し的に値上げまでもっていくか…を描写しているようなそんな印象を与える。


現代でもそんなことがしばしば起きているように思えて、最近この曲が頭をよぎるのだ。


特に昨今の緊急事態状況下における、オリンピック・パラリンピックの開催などを見ていてそんな風に感じた。


時の政権は、「このままじゃ、開催できないんじゃないですか?どうするんですか?」って言われても、

「今はとにかく国民の安全と安心を…」とか、「安全第一のオリンピックを開催することに全力を…」とかなんとか言っているうちに、ここ一か月もしないうちに「もうここまできてしまっては、中止はできないし、延期もできない」と聞こえてくるようになり、「開催は開催。さて、客を入れるか入れないか…」みたいな方向で話が進んでいるように見える。

(ただの一都民の僕のところに、実際どんな話になっているかなど届くわけないので、イメージでしかない。実際にはいろんな話が飛び交っているのだろうけど。)

それでも様々な世論の声を反映したような報道関係者からの質問などには、判で押したような返事を返しながら、近づいてきたら「もう遅いので、このままいくしかない」と言われているような…詐欺まがいの押し切りをされているようで落胆する。


情報をコントロールすることが好きというか、それこそが定石そして上策とばかりに、表立っての発言はリスクを避け、結局意図する方向に持っていく…としているようだが、それでも「さすがです!」「あのキワドイ質問に、いやあ、見事な返しでした!」と感銘をうける人がいったいどれほどいるのか。

最高に歯切れが悪く、あんなことを営業の仕事の人がやっていたら、即信用を失うだろう。


僕が客なら、こんなに曖昧なこと言いながら、ずるずると自分たちの思惑の方向ばかりに運んでしまうような行為を何度もみていたら、そんなお店は使わない。

(実際、僕は金を払って雇っているはずなんだけど)


ところが、ルールを決める側に回ってしまえば、よっぼどの事やらない限り(よっぽどの事やったってある程度うまくごまかせれば)なんら問題はない。

「誤解を招いたことは謝る」っていって

「反省したので辞めずにこのまま責務を果たす」っていって

もっとバレないように、上手に次はやろうってするだけ


そしたら得する人同士は、また得しあって

うまく折り合いがつかなくなれば、死んでも使わないっていって

とことん干す!って脅すんでしょう。


なんか、それって…

牛耳られていないかな???


2021/06/15

死んだ魚

死んだ魚の目をしたひとがいう

ありがとぅぐぅざぁいあしたぁ〜〜




死んだ魚がいう

ありがとうございました


だったら

どちらが
より胸に響くだろうか


そんなことを考えたくなるのは
ぼくがが夜間(のシフトが働く時間帯)のコンビニにいってしまうからかな