Mellow Symphony Official Blog

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MUSIC AS MAGIC!! Singer Songwriter Mellow Symphony's Blog

2015/12/31

たくさんの愛情に感謝

暮れです。

なんだか、慌てるようにこうして今書いている。カナダはクリスマスに向けてみんなそわそわしてくるっていうか、締めに向かっていく感じも強いんだけど、やっぱり年末は年末。僕にとっては年末が一番の締めという感じがやっぱりしている。

たくさんの人と関われた一年に感謝。

2015年が終わる、トロントにいるからもう丸一日あるんだけど。日本ではもうすぐ年も明けるし、なんだかそわそわして、締めておきたくて。


日本にいるたくさんの人たちに、与えてもらった。日本から来た、たくさんの人たちに与えてもらった。

まったく息つく間もないくらい怒涛の日々を過ごしていたり、新しいこと始めてみたり、空回ったり、リフレッシュしようとしてみたら帰ってドツボにはまったり、予想もしていなかったようなことが起きたり、とっても残念なことがあったり、嬉しいことがあったり。

そういうの全部ひっくるめて、なかなかタフな年だったな。

でもありがてえよ。あなたに会えていなかったら、他に何があったっていうんだい。
出会えた人、それぞれに感謝。
出会えた機会にちゃんと真摯に、向き合っていたかな。それができていれば、きっと悔いはない。
誰かに喜んでもらえるようなことができていたかな。
悲しませたりしたことだってあったな。人を裏切ったつもりはないが、そう思われちゃったりすることもあったかな。
家族や友達、大切な人を大切にすべき時に、大切にできていたかな。

音楽とはたくさん向き合えたかな。

あなたに届けようと、音楽をちゃんと奏でていたかな。

めまぐるしくしているばかりじゃなくて、ちゃんと振り返ってみて、感謝。
それで2016年、僕の細胞はまた少し変化していくように、自分自身も変化していくんだ。
人間は常に変わり続ける。

まったく、新しい年も素晴らしくしていこうぜ。
やれたこと、やれなかったこと、そういうの全部ひっくるめて、またやりたいこと見つけて、挑戦していこう!!

そう思います。


素晴らしい新年をお迎えくださいね。


Mellow Symphony
名取しんご



2015/12/13

Xavierという男

寒くなりだした頃、また1人別のミュージシャン仲間が帰国していった。
以前に書いたSibが繋げてくれた、シャビというチリ人ミュージシャン。彼はしぶからの紹介で、お互いがちゃんと認識し始める前に何度か会ったことがあったのだが、彼と仲良くなりだした頃には、彼は帰国の数ヶ月前になっていたように思う。
カナダで出会う異国から来たミュージシャンは少ない、ましてやその中で仲良くなれる人はもっと少ない。そういった意味では、とても貴重な出会いだったと思う。
彼はとてもロマンチックで、優しく男らしい曲をうたう、シンガーソングライターだ。僕にチリ人フォークについてや、チリ人の国民性を教えてくれたり、ちょっとしたパーティーでSibとの共通の友達を紹介してくれたり、一緒にセッションして楽しんだ。
彼の楽曲をレコーディングするといって、僕をベーシストとして起用してくれたのといい思い出だ。(しぶからの推薦のおかげでもあるが)
レコーディングにあたり、Xavierの部屋で打ち合わせした時なんかは、彼は金がなかったくせにビールとテキーラを僕に振舞ってくれて、ベロベロに酔った僕を見て爆笑していた。
レコーディングの過程ではお互いの音楽的感覚をぶつけ合うこともできたりして、それも個人的にはとても嬉しかった。僕にとってはこういうことをやる為に、この国にいるんだ!という瞬間だった(その為に英語も練習してきたんだという思いもあって、コミュニケーションが取れてよかった)。
彼は英語を喋る人からは、ハビエルと呼ばれたりもして、日本人からはシャビと呼ばれていた(Xavierの持つ、英語やスペイン語の発音の違いと思う)。
余談だが、紹介してくれたしぶが彼のことを話すときの「シャビが〇〇っすね〜」が「娑婆の空気はうまいっすね〜」と言っているような雰囲気で話すしぶも印象的で、とても好きだった。
レコーディングした彼の曲や、「これも帰国してからも録音したいから、Shingoにベース弾いてもらいたいよ」と言っていた曲がこれからどうなるか楽しみだ。
彼の帰国直前に集まったホームパーティでのセッションも最高だった。
その後一週間ほど彼はインディペンデントの映画に主演するため、撮影におわれていたらしく、帰国直前までバタバタと忙しくしていた。
どっから取ってくるのか不思議だが、ミュージシャンとして素晴らしい経験を彼はこの国でしていったと思う。
本国での活躍もどんな風になるのか楽しみにしていたい。



2015/12/01

日々の処方箋

気がつけばもうすぐ12月。
2015年がはじまってもう11ヶ月が経ち、もうすぐ終わろうとしているのか。

毎年激動の1年を過ごしているような気がしているこの3年間。
なぁ、もうすぐ終わるぜ?


振り返るとかっていうか、今日ちょっとふとしたことで、はるか昔の…10年くらいの前とか思い出しちゃったりして。
未来は分からないって、分かっているつもりなんだけど、つくづくあの時、今のこと分からなかったなって思ったりして。

今年も激動なんだけど、ここ3年間で精神的に強く打たれたのは今年が一番強烈だったかなぁ。いや、どうだろう。まだ分からないか。

悲しいことが立て続いて起きている最近でもあるんだけど、
もっと鈍感になれたらいいななんて思ったりもするけど、
身体は健康を保てているし、
僕はこんな悲しみに音楽を邪魔されたりしないんだって言い聞かせて、
均衡を保っている。

悲しみには慣れている。
もっと辛く、打たれた日々を僕はきっと知っているし、
こんな気持ちになる度に僕は感謝する人々のことを思い出し、
そんなことばかりじゃないんだということで悲劇のヒーロー面を捨て去り、
そして僕が悲しみをもたらせた人々のことを思い出し、
僕が与えた悲しみはきっと同等かそれ以上だったんだろうなと考えて、
その責務を請け負うように、受け止めるんだと言い聞かせるようにしている。

そして酒を飲み、
ギターを爪弾き、
歌をうたえばそれで出来上がり。

きっとそれで出来上がりだろう。

そうして忙しい日々に自らをまた漬け込み、
気づいたり気づかなかったり、やたらに注意深く考える自分を潰してあげて
蓋してあげて、それでおしまい。
そしたら傷口が激しく化膿したりして、それにより何かを悪くすることもなく、
これ以上落ちずに比較的フラットな状態でもう一度トライしようと思うことができる。

そんなもんでどうかな。

たまにその隙間に、
もう少しこんな気持ちで向き合えたらどうだったかな
なんて、誰かのことを考えたり、起こった出来事について今一度考え直してみたりして、
それが木枯らしみたいに骨身に染みる時があるんだけど。

それくらいなら、大丈夫さ。

そしたらまた酒を飲んで、
ギターをかき鳴らして、
歌をうたったらそれで出来上がり。


それで出来上がり。



2015/11/11

73の与える3時間(Paul McCartney)

こちらは多分忘れることがないんだけど、前の週にあったStevie Wonderに続いてあったPaul McCartneyのコンサートにも行ってきた。
正直なところ、結構な出費だったのだが一生モノだと思うと、逃さなかった(でもその次の週に来ていたRingoは逃した)

生ける伝説をナマで観ておけるチャンス。ポールは10年以上前に彼が東京ドームに来た時に見たが、今回のAir Canada Cetreは距離が違い、肉眼でも充分見える距離で、'あの' ポールマッカートニーは演奏していた。Eight days a weekから入り、次から次へと出てくるビートルズナンバー、ロックンロール、ポールのソロからももちろんあったし、Another DayやBlack Bird、Let It Beなど、演奏し始める度に「ま、マジか〜」と興奮していた。
カナダの国民性もあってか、好きな曲が始まれば好きな人は叫ぶ、踊る、歌いだす。僕もあの、小さな頃から聴きまくっているビートルズ、ポールの音楽を聴きながら、一緒に熱唱し、踊りまくる(座席は狭いが)という贅沢。最高としか言えない時間だった。
スティービーの時と違って、ベーシックは強固なバンドメンバーで固めていて、管楽器やストリングスなどを生演奏せず、シンセサイザーでカバー。バンドのライブを観ているようであった。
メンバーは時折出たり入ったりしていたが、基本的にポールはずっと出っぱなし(そりゃそうだけど)。なんと休憩も入れずに3時間のステージをやり切ってしまうという恐ろしい体力の齢73のスーパーシンガーソングライターであった。
ステージには映像効果や、花火なども少し混ぜて、最後には伝統のアイリッシュミュージックを取り込んだポールの曲で(タイトル忘れちゃったけど)、バグパイプなどを持った楽隊が現れ、それもとても魅力的だったし、カナダとイギリスの関係性を考えるととてもお客さんは喜んだと思う。
喉こそ、年齢を隠せなかったものの、あのクオリティでお客さんが疲れるくらいぶっ通しの、魅力的な3時間を浴びせられたら、大満足だ!!という気持ちで帰るのみだった。



2015/11/07

Wonder Wonder

先月の話だが、記録として残しておきたい。
生ける伝説を見る機会はトロントにいると何度か訪れる。日本よりそれは多いように僕は感じている。僕の勝手な分析では、ロックの殿堂として歴史を切り拓いてきたアーティストたちは、アメリカかイギリスのミュージシャンが多く。ツアーでアメリカを回るときに、ニューヨークやシカゴを経由して、北米の一箇所としてトロントにも回ってくる。寄りやすいんじゃないかと思う。

そんなわけで、先月Stevie Wonderを見てきた。
8時からのライブは20分ほど押してスタート。僕も会場に遅れて行ったけど、むしろちょうど開始といったタイミングだった。
美しい女性に腕を掴まれて、(目が見えないからね)案内しながらステージ中央にあるピアノに向かってスティービー登場。
僕が高校来聞いてきた、あの音楽。あの声。あの男だった。
髪型こそ、少し弁髪みたいにドレッドをまとめたあの髪型が後ろに寄っているものの、まぎれもなくあれはスティービー・ワンダー。
ピアノに座る前におしゃべりを少し。トロントでライブでやるのは最後になるかもって言っていたような気もする。
それにしても、ビリー・ジョエルやエルトン・ジョンの時にも思ったが、彼らがステージ上に現れたときに、伝説の男の素顔というか、実際のステージがどんなものなのかによって、僕の予想というか、思惑は大きく外れる。スティービーも想像以上に気さくだ。実際の演奏前にまずはご挨拶で軽く観客を笑わせる。そこから演奏に入る。
その後、間の休憩を挟んで、ヒットソングをやったり、即興を織り交ぜて他のバンドメンバーとのソロを回してみたり。スティービーはステージ上に、20人前後(いや、もっといたかな?)のスタッフを連れ込んでいてその光景は壮観だった。管楽器、弦楽器、コーラス、バックバンド、その他ゲストボーカルなど代わりばんこに綺麗な女性シンガー(しかもみんな、ブラック系の女性)を連れてきて、時にフィーチャリングしてみたり、コーラスを取らせてみたり、まるでハーレム?である。たまに「あの女性はなんでステージまできたんだっけ?」みたいな人までいた。
観客を飽きさせない演出か、ボーカルがたくさんゲストできたり、楽器で回してみたり、スティービー自身も楽器を移動してみたり(距離感をつかんでいるようでもあり、たまに自分で楽器間を移動していた)、とても楽しかった。
ちょうどライブのタイミングにジョン・レノンとスティービーの兄弟の誕生日が近かったなどという理由で、ジョン・レノンの「Imagine」をカバーしていて意外だった。会場中で大合唱した後に、スティービーは古い友達を思い、涙を流して「盲目の目」から流れる涙を拭っていたのは印象的だった。
ちょうどアメリカでは銃規制についての議論が飛び交っていたタイミングだ。(ジョンはいわずもがな、猟奇的なファンに打たれて亡くなっている)

アンコールはたっぷりやってくれたが、「会場をおさえている時間が決まっているんだ。君たちがこれ以上アンコールしたら、何千ドルって払わなくちゃいけないんだぜ」みたいなこと言って沸かしながら、数あるヒット曲をメドレー式に?次々と途中まで!歌い、そしてまた曲を変え「もっとみんなシリアスになってくれないと。最後までやれないよ!」と言っては、曲を変え、次々とヒットソングをやっていた。

そして、最後の最後に「Superstition」のイントロをスティービーが弾き始め、会場は大興奮。みんなで大合唱しながら、最高のエンディングを迎えて終了。

舞台効果などではなく、演奏でファンを魅了するという側面で、さすがのスティービー。数々の名曲を本当に彼が演奏しているということが夢のようでもあった。長年のキャリアにもかかわらず、衰えていない歌唱力にも関心ひとしきり。とにかく素晴らしい夜だった。



2015/10/11

SiBという男

10月に入って10日くらい経っているんだけど、
9月のことを忘れないように書いておこうと思う。

9月の初めに僕は日本人ミュージシャンを見送った。SiBというピアノ弾きのシンガーソングライター。ニューオリンズのテイストが好きなそういうピアノプレイが得意で、牧歌的な歌を歌ったり、抽象的でかつ繊細な水彩画のようなインストゥルメンタルの曲も弾けるミュージシャン。彼は日本で会ったことはないんだけど、東京の似たようなエリアでお互いにやっていた。
僕らは偶然、それぞれが別々のつながりでとあるバーに演奏しに行った時に出会った。
僕以外の日本人ミュージシャンと出会えたこと、彼の見据えているもの、ミュージシャンとしてのスキル、色んなものが僕と似たようなものを持っている気がして、なんだか嬉しいような、少し気恥ずかしいような気持ちになった。
また彼がとてもいいヤツなんだ。優しくて、穏やかで、アツくて。

彼とは頻繁に会うわけではなかったけど、ミュージシャン友達のなかでは比較的多く会っていたかもしれない。
僕自身も頑張ろうという気持ちと、彼のことを応援したいような気持ちとが入り混じって、なんか面白い話があれば彼にも繋げようなんて思ったりして。

彼が繋げてくれた出会いもあった。僕は僕なりに、SiBはしぶなりに自分で繋げていったミュージシャンのコミュニティなどをお互い少し紹介したりなんかして、いい感じに切磋琢磨できたように思う。
彼みたいな日本人ミュージシャンに、僕はトロントで会ったことがない。


彼との別れが近づいた8月の終わりから9月の頭にかけて、僕たちはホームレコーディングを一緒に挑戦してみたり、一緒に食事しながらのんびり話をしたり、最後に僕が会った日は出国直前の日程でスタジオレコーディングで一緒だった。
そのレコーディング、友人Xavierのホームレコーディングセッションも彼が僕に繋げてくれた縁の一つだ。

僕はいつか日本に帰った時に、僕の大好きな東京の音楽仲間を彼に紹介したいな、などと思っている。

彼はこれから日本を経て、また違う国へ行くのだと思う。きっとこれから先に行く場所でも彼の性格なら、素敵な人たちに囲まれて過ごしていくんだろうな。
彼のこれからの音楽キャリアが充実したものになりますように。

そして僕もまた彼の鍵盤を、自分の作品にもいつか足して欲しいと考えている。


2015/09/18

日本からの手紙

しばらくが経った。
時は流れながら、自分の動きに関わらず、それ以外のことが常に起こる。新しく、自分の目にそれは新鮮に映る。

先月のことになるが東京にいる友達から届いた。
中身は一枚のCD「simple scene」Keiichi Uchidaによる初ソロ作品である。

彼は東京にいながら切磋琢磨した音楽仲間の一人。僕の好きなバンド「Blind Archer」のフロントマンでもあり、ソングライターでもある。
僕は彼の歌う歌声やメロディやハーモニーのセンスなどを昔から好きで、ずっと曲の良さを活かしたアコースティックのアプローチを試すべきだと何年も前から言っていた。当時のバンド「Blind Archer」は彼らの良さでもある轟音へ持っていく見事なダイナミクスが魅力だったが、それとは違う別のアプローチを聞いてみたかったのだ。

そんな彼のソロ作品がついに出来上がり、そしてそれが東京から遠くカナダはトロントまで届いた。届いた封筒の中には特に手紙などの文章は添えられておらず、CDが1枚。それで十分だった。彼の作品の中にメッセージが詰まっているような気がした。

一曲目から今までの彼のバンド作品とは全然違うサウンドアプローチで、しかし馴染みのある音の、声の、メロディの粒。僕が当時からずっと聞きたかった部分がその中には詰まっていたような気持ちだった。
力が抜けていて、それが彼の良さを引き出しているようなそんなサウンド。
鍵盤やベースの音も彼の持つ優しい歌声と綺麗に流れるメロディをしっかりサポートするように作られていて心地よかった。


音に詰まった手紙で彼から受け取ったメッセージもいつか、カナダからしっかりと届けられる手紙に込めることができる日がくるのかな。


2015/08/14

Oh Canada

仲良くしてくれているBruceおじいちゃんが誘ってくれて、ミュージカルというか舞台を観にいってきた。Oh Canada What a Feeling! という演目。

カナダのポップスの歴史を時代と一緒に追いかけながら、その時々で一世を風靡したアーティストの楽曲を演奏していくというなかなかユニークな企画。

ポール・アンカに始まり、ニール・ヤング、ジョニー・ミッチェル、ザ・バンド、セリーヌ・デュオンなどなど、カナダが排出した不世出のミュージシャンのストーリーが次々に現れ、その人の曲をパフォーマーが演奏していく(それぞれの歌い手に結構似せていた)。

オープニングにタイトルにちなんでか国家が流れた。
すると観客も何も言われずとも立ち上がって一緒に、国家斉唱。やはり違うね、文化が。
度々僕は「日本だったら…」と考えてしまった。日本だったら、オープニングに君が代を流すだろうか?またみんなが何も言わず勝手に立ち上がって一緒に唄うだろうか。
愛国心の育成…みたいな部分の話なのかなぁ、これは。


ショーの合間に休憩が入って、途中でコーヒーなど飲みながらみんなでおしゃべりをしていた。一緒に観にいっていた音楽大好きのSandyおばあちゃんに「こんなに有名なアーティスト(の歴史)が沢山出てきちゃったら、もう残りが居ないんじゃないの?」と冗談を言ったら、冗談という風にすぐには受け取ってもらえず「そんなことないわよ、まだ前半よ」といった感じで返された。僕が「からかってみただけだよ」と言ったら、「冗談にならないわ、宗教と一緒なのよ。」と。僕も元来音楽は宗教みたいなもんだよなぁと思っていたのでその話はすごくしっくりきた。

全体的に演者の歌唱力も素晴らしかったし、カナダが生んだポピュラーミュージックの歴史を知るという意味ではとても興味深いものではあった。
そして僕はそれぞれのオリジナルをもっと深く聴きたくなった。


日本だったら、どんなポップスが出てくるかなぁ


2015/08/07

気がついて8月。

ハッとした。
8月になって、広島の原爆の日を迎えるタイミングでようやく8月になっていることを自覚しはじめた。

それぐらいなんだかめまぐるしい日々を重ねている。

6月の頭にBrother & Sisterを配信開始してからもう2ヶ月も経ったことになる。
2015年で考えたら半分が終わっているのか?なんてこった。

今年の1月くらいから日々がぐるぐると音を立てて勢いを増して動き出してから、
なんだか日々を繰り返しながら、少しの時間を活かしてよりその日々のことと向かい合ったりして数ヶ月が経ち、環境が少し変わっていくと同時に僕のなかでの心の変化を自分自身で噛み締めながら、さらにこれまでに加えて新たなる試みを足してみようと動き始め、
そんなことを幾つか挑戦しながら頭をくちゃくちゃにこんがらがらせてみては、また少し取り戻し…

そうこうしているうちに8月になっていた。

そして今気がつけばまた少し新たな取り組みを始めようとしている。
クリエイティヴなことにゆっくり時間をかけるのが悪い癖でもあった僕には、これは一つの挑戦といえるかもしれない。
短い時間のなかで、動きながら考え、行動し、修正して、また挑戦していきながら鍛え上げていくような。


あの時から憧れていたような、やった方がいいって知っていたけどなかなか出来なかったことが少しずつできているのかな。



もっと音楽にして届けたいな。

あっちこっちで大活躍している仲間や知人や先輩などを見ていると、
もっと音楽したいんだ!って思いもふつふつ来ている。

もっとMellow Symphonyが進みたいところもたくさんあるんだ!って思っている。


行動だな。

2015/06/27

6月の感じは覚えている

毎年の6月は思い出している。
ここに来た年のこと、2年目の年のこと。

あの時、どうしてたっけ。
その時予想出来なかった未来は、どんなことしたら、どうなった?

なんて考えながら。
改めて感謝したり。
胸を撫で下ろしたり。

これから立ち向かっていく試練に対して、深呼吸してみたり。
今向かい合っている難題に対して、少しずつ歩を進めようとしてみたり。

そうやって日々を大切に過ごしている。

トロントは、フェスティバルのシーズンで、Jazz FestivalやLUMINATOやNXNE(これはもう終わったけど)など、音楽が街中で聞こえてくるそういう夏のスタートをお祝いするようなシーズンだ。World Prideの時期でもあるし。

今年はなんだかあまり果敢にフェスに行けず、その代わり自分が歌いに行ったり、誰かとどこかで演奏したりしている。いつもギターかウクレレか、なんか楽器を持ち歩いて回っている。

去年も楽しく過ごせていたと思うが、
ふぅ、今年のこんなのも悪くないかな…などと思う。

さぁ、夏を引き続きもっと楽しもう。

2015/06/10

Brother & Sister(日本語詞)

先日配信開始した新曲「Brother & Sister」について。
Bandcampには英語の意訳が載っていますが、ここに日本語の歌詞を掲載しておきます。


Brother & Sister    written by Mellow Symphony

また一つ知らなかった 新しい事を見付けた
もう一度会える時には あの頃と違う僕だ
あなたにも 伝えたいな
この思い伝えたいな あなたにも

緑が深い色になって 新しいはじまりの合図
もう一度会えるといいな あの頃と同じ思いだ
ありのまま 伝えたいな
残さずに伝えたいな あなたにも

全部が全部簡単じゃないこと
いつも思い通りに行けばオーライなんてないこと

だからたまにはいつもの場所に集まって
ちょっとした無駄話でもしよう
そしていつかは銀河の果てに合流して
あの頃みたいに思い切り遊ぼう ブラザー

ちょうどいい言葉が浮かばない 新しい言葉がいるかな
もう一度会える時には 何かが変わった僕らだ
あなたにも 感じるかな
この気持ち伝えたいな あなたにも

全部が全部自分で決めていいこと
誰かと比べていいわけなんてそんなのないこと

だからたまにはいつもの場所に集まって
音楽鳴らして少しばかり踊ろう
そして悲しみや喜びなどは持ち寄って

あの頃みたいに分け合けって過ごそう シスター

2015/06/02

カナダ記念日

今日はカナダ記念日。
トロントの地に足を踏み入れて、丸3年が経ったことになる。

色々あった。
本当に色々あった。もがいて、それでまぁなんとかここまで生きていることに感謝。

3年あったら中学か高校の入学から卒業までできる。
そういう長さ。

何もなかったはずがない。

出る前のことは今でも覚えている。
着いた日のことも今でもよく覚えている。

これまでの事、たくさん覚えている。
出会った人たちに、得られた機会に、
本当にたくさんのありがとう。

こうしていられる事は、全然簡単じゃないこと分かっているし。
それでも自分で決めて、何かを捨てて選んで来たこの地で
何とか日々生き抜いて、学んで、成長していこうと出来ていること、
有難いことだなと思う。


東京で出会った大好きな音楽仲間たちに会いたいな。
みんな3年の間に色々あったに決まっている。

僕だって何かありながら、なんとかこうして生きている事を伝えたい。

「いい街じゃないか、トロント。」なんて今でもつぶやいている。

何かが完結した感じなんて全くしていないんだけど、
普通なんだけど。
これからの時間も大切に、できることを、できるだけやっていきたいと思う。

この先どうなるか分からないし、
もがいた先に、どこまでいけるか分からない。

最も人生らしいじゃないか。

2015/05/28

Tommy Emmanuel

オーストラリア人のギタリスト、Tommy Emmanuelのライブを観てきた。ソロギタリストとしてどうやら名のある方のようで、かのエリッククラプトンですら認める凄腕ギタリストなのだ。
僕はこれまで全く知らなかったのだが、トロントの友人に教えてもらって知った。なんだかトロント…というかカナダには、脈々と受け継がれている「芸達者なアコギ弾きに対する需要」がなんとなーくある気がしている。それはもう、ドン・ロスしかり、エリック・モングレンしかり、ブルースコバーンとかそういうのもそうかもだし、きっともっと昔からなんだろうけも。ラグタイムやジャズとか、そういう流れを引いているようなところからずっとその類の音楽好きな人が確かにいて、それは心なしか日本よりもウケている気がしている。
確かな立ち位置があるというか…。

日本だと僕の大好きな中川イサト、押尾コータロー、岡崎倫典、南澤大介とか?僕もその辺は聴いたりしていた。
そんな話でこっちの友達と盛り上がったことがあったので、彼はTommyの来加コンサートに僕も一緒に行こうと誘ってくれたのだ。

トミーはサムピックを駆使するギタリストで、あまりライトハンドでのタッピングや変則チューニングを多用するわけではないようなのだが、とにかく右腕がよく動く人だった(ちなみにオープンG6が彼のレギュラーチューニングっぽかった)。ピッキングがとにかく早い(ハンマリングやプリングも多用しているだろうけど)上に、左手が表現豊かなボイシングのコード使いで、見事にメロディと伴奏とベースの3つの要素を弾き倒していた。
他のギタリストと違って彼には秀でたパフォーマンス力もあった。演奏の要所で見せるちょっとした細かい動きが(立ちながら弾くし)、さながらロックバンドのギタリストかのようにダイナミックに動いたり、ちょっとおどけた動きをして会場を笑わせてみたり、エンターテイナーとしても優れていた。

音楽的にとても実験的で新しいというわけではなかったが、とにかく弾きまくるし、歌うし、叩くし、さらに冗談も入れてくるし、それらを目まぐるしいスピードでやるので、ギター一本でも観客を飽きさせない圧巻のパフォーマンスだった。

パフォーマンスの途中で彼が「会場にいるギタリストに向けて…」と言って、プチワークショップとして直前に演奏した曲についてどうやって弾いていたのか解説してくれるコーナーがあった。
その時彼が言っていたのは、「…とまぁ、こういうフレーズを繰り返し、ゆっくりのBpmからスタートして、メトロノームと一緒に何回も弾くんだ」と言っていた。

彼が練習無しではうまくなれない、というのはとんでもない説得力だったと同時に、なんだか救われたような気持ちに少しなった。

練習あるのみ!

写真は禁止されていて撮れなかったので代わりに会場に行く途中の地下鉄の座席に置いてあった怪しい注射器の写真を…




2015/05/12

2人のBen

トロントでは、CMW(Canadian Music Week)という音楽フェス的なものが開催されている。
フェスといっても都市型の、色んな箱でそれぞれのブッキングがあって、その中に何人かビッグネームもあって、それを一週間くらい通して行われるという、そういう色んなアーティストをまとめてブッキングしたものをフェスとして囲んでいる感じだ。
でも、まぁ、リストバンドとかも一応あるし、フェスではあるよね。
僕は自分の見たいアーティストがその一環で来ていたのでチケットを別で買ってみてきた。(フェスの一環とはいえ、メジャーなバンドとなるとリストバンドでは見れない)

Death Cab For CutieとBen Lee。
このふた組は、僕が今までとっても見たかったアーティストの二組。それもどちらも10年以上聴いている。Benに至ってはもう知ってから15年くらい経つんじゃないだろうか。
まさに、
念願。
だったわけです。

Death Cab For Cutieは前にも2回くらい見る機会があったのだが、どちらも機会を逃していたからようやく見れてよかった。しかも彼らの今回のアルバム「Kintsugi(金継ぎ)」なのだから日本人としてはなんかアガる。
Death CabはChrisが抜けてから初のライブになるのだが、アルバムのタイトル通り、一人抜けたという穴を逆にさらなる強固なもので埋めて素晴らしくしてしまう何かがそこにはあった。圧巻のパフォーマンス。90分アッパーな曲で本編をやりきってしまうというエネルギッシュさ、ボーカルが後半にいっても全然衰えないBen Gibbardのタフネスさ(しかも病気だったのでステロイドをキメてのステージだったらしい)、本編から終わりまでの見事な構成…アルバムの曲ばかりでなく、新旧織り交ぜてヒットソングもしっかりやるセットリスト。最後には僕の大大大好きな曲「Transatlanticism」もやってくれて感激だった。(しかも席近かった!)

その日の夜は彼らのパフォーマンスを思い出しては、ため息ばっかり出ていた。

翌日がBen Lee。小さな箱に、ベンは来ていた。僕は目の前が空いていたのだけれど、1mくらいの距離を残して目の前に陣取っていた。
こちらもヒットソングや、弾き語りのフットワークもありリクエストを聞いてくれたり、ファンに優しいベンのパフォーマンスで会場のお客さんを興奮させていた。ちなみに私のリクエストはピアノがメインの曲だったためか、聞き入れてもらえなかった。私以外の人も同じ曲リクエストしていたんだけどな…。
ベンのリードに合わせて、会場のお客さんと一緒に彼の曲を大合唱したりして、それも最高の時間だった。曲をもっと深く知っていたらよかったけど、今までよりは英語の曲が直接響いてくる感じがした。

そんな僕の念願が少しだけ叶った2日間だった。


2015/04/29

暖かくなった

何日かぶりの春日和だ。
眩しい西日が、7時過ぎても明るい空が、珍しく僕に色んなことを思い出させた。
トロントに来たばかりの頃の事や、SNSで一生懸命追いかけようとしている大好きな友達のことや、僕がかつて一丁前に特別な気持ちを寄せた人のことや、日本で引き続きキャリアを重ねたりしている諸先輩や、やり掛けていること、読みかけている本とか。

どこかに演奏しに行ったり、レコーディングに参加したり、音楽的な交流を重ねながら、勉強したり、新しいことを自分の中に取り込んでみたり、何とか生活を安定させようとしながらも、そんなことをして日々が過ぎながら、気が付けば僕は凄く自らが欲していた状態または環境のようなものを手に入れつつあるようでもあり、且つそれ自身がパチンと音がした途端に消えてしまう泡のように不安定な状態でもあることに気が付いたり…

少し日々に追われているのかな。

もしくは僕のような人間は、こうして過ごす事が今出来る全てかなとも思ったりして。

なんだろな。

穏やかな夜でも必要としてるのかな

大好きなみんなの前で泣きながら、「トロントに行ってもただ”行ってくる”だけになるかもしれないんだよ…」とか言いながらも頑張ることを約束をした自分を思い出して、「みんなに言った通り頑張れているかな、オレ。」などと少し振り返った夕暮れの約30分。火曜日は1週間で1番忙しい日。


2015/04/15

ライブ続きを終えてひと段落

いや、しばらくぶりの更新になりました。ブログ。
参りましたね、なかなかバタバタの日が続いているもんだから。こういう大事なアウトプットをすぐないがしろにしがちなのが良くないね。
先週末から月曜へとライブ続きでした。というか、ここ数週間は週に3回ほどどこかで演奏する機会に恵まれたりなんかして、オープンマイクへ行ってはギターを弾き、歌い、ジャムセッションをして、おしゃべりをして…みたいなことがしばしば続いています。

そういう中でもらった今回のブッキングの話だったので、今回のライブ両日ともに、なんかこれまでやってきた流れが少し発展したようなそういう気分でした。

同時にサポートギタリストとして、ボーカリストのバックを務めてみたり、なんか新しい音楽的アプローチも楽しみながら自分に取り入れていっています。
もともと少しあったスキルを伸ばしつつ、新しい力強いものに変えていくという…そういう過程なのかな。

長くなる前にこの辺で。
身になるまでにはもう少し時間がかかる、ということね。


2015/02/28

英語で爆笑をとる

相変わらずせわしないな。2015め。
そして相変わらず、日々の暮らしはこれ、勉強である。この国で言語を学ぶことは、とにかく考え、そして体感し続け、それを身につけていくことの繰り返し。数年経った今でも友達と会った帰り道など「あぁ、今日もめちゃめちゃなしゃべり方していたなぁ」などと反省している始末である。

がしかし、先日のこと。一つの印象的な出来事があった。

オープンマイクへ行き、いつものようにその日素晴らしかったローカルミュージシャンとおしゃべりしてた。
カナディアンかな、彼らは。ちょっと田舎の方の育ちらしく、そこに居た2人のうちの1人は専門学校で「lumber」について学んでいるそうだ。チェーンソー使った木の切り方とか…なんかよく分からないけどそういうことらしい。木にまつわる諸々を学ぶのだそうだ。
そこにいたもう一人もカナダの中の大自然のある田舎で育ったと言っていた。西海岸の方だったかな。彼はブルース/カントリーシンガーで、すごく牧歌的な歌をうたうやつで、しかも服装がデニムに白いTシャツとかで、スコッチとか飲みながらしゃがれた声でうたっていた。すごくよかった。たまにブルースハープと歌だけで1曲やってしまうような一面も見られた。

彼らと話していた時に、調子をよくしたそのブルースシンガーの彼が突然歌い出した。「こういう歌知ってるか?小さい頃に、こんな歌があってさ…」みたいなことを言って突然「木こりの歌」みたいな曲を歌い出したのだ。もちろん伴奏があるわけでもなく、彼はステージと同じように目を閉じて、デニム越しに太ももあたりを平手でパンパン叩いてリズムをとりながら歌い出した。
彼を囲むように、数十秒。みんながその歌を聞いたあと、拍手して盛り上がった。

そこで僕はすかさず
「歌の意味はよく分からなかったけど、もしそれを森のなかで歌ったら、君の周りに鳥たちが寄ってきて友達になれるな!」と言った。

周りにいたやつらは爆笑していた。

僕はとっさに出た言葉ながら、みんなが爆笑しているのを見て、「あれ?これ、はじめてジョークがジョークっぽくなったのかな」と思い、不思議な気持ちになった。
笑い話を友達としたことはいくらでもあるが、こんなにも僕の発言で爆笑が巻き起こったのははじめてだったと思う。

異国の言葉で爆笑が取れるというのは、自分でもどういうことかあまり分からないが、文化的観点や、スピーキング力、間とかスピード的にも何かがピタッとあわさった瞬間なのではないかと思う。
僕は家に帰りながら「貴重な体験ができたんじゃないかな…」などと考えていた。

嬉しかった。

2015/02/11

歌い終わりの帰り道

寒い夜だった。
風が不思議と穏やかだったから、僕は少し安心しながら歩いた。
風が無ければトロントの冬はそれほど厳しくない。
僕はストリートカーを待つために歩いた。歩いている途中で、既に2本通り過ぎたのを見ていた僕は、ツイテいない日かななんて思っていた。
待ち時間を潰したくて停留所一つ分歩く。考えたらクタクタだな、朝から晩まで動きまくっていた今日は。
それで、次の停留所で待つことにした。
何もない帰り道、住宅街の停留所。

車の通る音すらも聞こえない、緩やかな下り坂。

坂下から男が歩いてきた。
彼のことはもちろん知らない。彼はすれ違いざまに突然話しかけてきた。
「(帰り道)気をつけてな。神様は君を愛しているぜ。」
僕は「ありがとう」と言って返した。

彼はそのまま坂道を上がって行きながら、次にすれ違った男にも同様に声をかけていた。
僕はふと通りの向かい側を見ると、教会があることに気がついた。

そして、次の瞬間に、坂上を見上げるとストリートカーが来ているのが見えた。
「ホントだ。神様は愛してくれているな。」
僕は思わず、呟いた。

2015/02/05

音楽を味わい、それについて語ろう

先日お出かけした際に、知人と食事をしながら音楽について語った。
彼と話したのは2回目くらいか、ひょんなことから知り合いとなり彼と話す機会があった。話しを聞いていて分かったが彼はシナリオライターをしているらしく、ははぁ、道理でクリエイティブな雰囲気がするわけだ…と後から納得したが、最初はそんなことも知らずに話をしていた。

彼はレコードをたくさん持っていて、本人も少しベースを弾くらしい。音楽がどれくらい好きなのかな、などと思いながら話していると、彼が好きなバンド、聴く音楽などの話になり、彼のお気に入りのバンドの一つでもある(と思われる)10CCを聴かせてくれた。
そして、ROXY MUSIC、David Bowieなどなど。
どんどん出てくる彼のフェイバリット。そして、それに対する思い入れなどなど。

素晴らしい時間だった。あんな風に好きな音楽について語ったりしたのはとても久しぶりだったように思う。それも近年のものではなく、ロックの殿堂とも言える60年代以降の(この時は主に70年代だったかな)音楽について話したのは。
「東京にいる音楽仲間ともこんな風にして話していたから、久しぶりでとても嬉しいよ」僕はぎこちなくも、そんな嬉しい思いの丈を彼に伝えた。

彼は話のあとでよく作業の際に通っていた「いい音楽」が流れる彼のお気に入りのカフェを教えてくれた。
いい音楽を、いい音響で聴くって最高だよね。という話をしていたところ、「このカフェにいけば、そういう音楽が聴けるぜ」ということだった。

近々、そのカフェにも必ず行ってみたい。
またそれを肴にして、彼ともまた音楽について語りあいたいと思った。


それにしても、その時食べたブリトーも日本のコンビニで買えるものと比べて2.5倍くらいのサイズでなかなか魅力的だったな。

2015/02/02

完全無料!

先週末はリハーサルだった。
Jodyのバンドのレコーディングを手伝ってくれという話になって以来、彼の主催するオープンマイクでギタリストとして参加などしているうちに、彼のバンドのメンバーということでやっていることを、よくよく考えて、改めて認識した。
ギターのスキルをアップさせるにもとてもいい事だし、彼には色々と感謝しているので自分がしてあげられることで何かを彼に与えることができれば、そいつはいいことだ。
まぁ、半分仕事でもあり、半分友情出演といったところだろうか。これから彼らとのライブもいくつかやることになるだろう。
バンドでギターをじゃきぃぃぃいいいん!!!と鳴らすのはとても気持ちがいい。
最高に気持ちがいい。

もっともっと上手になりたくなる。

リハーサルの直後、ライブを見に行ってきた。
偶然にも近くのハコで友達の友達のバンドがリリースパーティーがあるということで急遽行ってきた。Absolutely Freeというこのバンド。彼らは只者ではない。「Arts & Crafts」から去年リリースした1st Album。今回はそのアルバムの(遅れた)リリースパーティーだった。
チケットも売り切れだったようで大盛況だった。ガレージのようなだだっ広い空間の場所の端っこに、インスタレーションとVJを用意して、その目の前にセットを組んでいた。機材の量が半端じゃなく3ピースながらもスペースシャトルの操縦席みたいに、シンセサイザーやらエフェクターやらがピコピコ光っていた。

オープンから開演まで、バンドメンバーは来てくれるお客さんとお話したり、販売しているドリンクや物販の補充をしたり、スタッフ的な動きもしながら忙しそうに動き回っているようだった。カナダがD.I.Y精神に溢れるお国柄とはいえ、すごく手作りなイベントだったのかもしれない。
パフォーマンスの間も、楽器を交換しあって演奏したり、何かとマルチな人たちだった。

2部構成だったのだけど、開場が9時、オープニングアクトが10時40分くらい。メインアクトに至っては12時前後にたしか始まったと思う。くたくた過ぎて第2幕を見れずに帰ってしまったが。1部の楽曲を聴いている限り彼らのセンスも素晴らしく、粒立ちの良い綺麗なメロディーをゆっくり確実にアレンジの中に入れてくるし、シンセや空間系のエフェクトを駆使して細かな音のダイナミクスを演出していた。アレンジも鳴らしている音もとても繊細に作りこまれていて、且つ歌モノとしても聞けるようにしっかりメロディーが作られていて見事だった。
ボーカルのエフェクトなどがどことなく僕の好きな「Death Cab For Cutite」などを彷彿させるサウンドにしてあって、それも個人的にはツボだった。目を閉じて聴きながら踊りたくなるような、ちょっとだけサイケというか心地よさとトリッピーな雰囲気を併せ持っていた。
日本にも近く行くことになりそうなバンドだと思う。Absolutely Free。



2015/01/24

20日間の試運転

誕生日が過ぎて、引き続き慌ただしいスケジュールでの日々が続いている。
今年は阪神淡路大震災から20年だったり、イスラム国での日本人の人質に関するニュースが流れたりと、なんともお祝いムードとも違うような気持ちに勝手になったりもしたんだけど。
それでもSNSなどを通して、または友達から直接「おめでとう」と言ってもらうと、かけてくれる言葉にありがたい気持ちになり、一つ一つ言葉を返していた。
そう、誕生日は周りの様々な境遇に感謝し、その人たちの幸せを願う日。

年明けから誕生日までは、毎年のように僕にとって一年をどんな風に過ごそうか、こんな風に過ごしていく感じでどうか?というスタートの調整みたいなものに使う期間になっている。というのも、大体新年最初の頃は休む暇もあまりなく、新年ムードが抜ける頃には自分の休みが少しあり、そうこうして一月もあっという間に半ばになったね〜なんて言っていると誕生日が来る。

今年は近年まれに見る忙しさで(当社比)、なかなか振り返るような隙もなく暮らしている。で、それもいいかなぁとか考えながら今年の20数日は過ごしているのだけど。

それでもバタバタ過ごしている中で、音楽とどんな風に過ごせるか考えながら、19日と20日の夜は歌いに行き、そこでローカルのミュージシャンと交流ができたのはよかった。
19日の夜ははじめての場所だったが、まずハコに向かう道中、たまたま通りでタバコを吸っていた隣人からギターの弦をもらったりして、そんなのも良かった。会場が混んでいて、歌うのが深夜1時半くらいになってしまったのだが、MCで「20日は僕の誕生日なんだよね、だからここで歌えて嬉しいよ。」みたいなことを言ったら、イベントのオーガナイザーがテキーラショットに手持ち花火を差して持ってきてくれて、さらに僕より前のステージでミニトランペットを吹いていたアーティストがHappy Birthdayを吹いてくれて、そんな風にその日はじめて出会ったみんなにお祝いしてもらったりした。
20日もほぼ毎週行っている別のハコに行ったところ、友達二人がその場でお祝いしてくれて、ビールをご馳走になり、一緒にセッションし、そんな風に過ごした。

そして21日もトロントの中で古い友達が誕生日をお祝いしてくれて、そうこうしながらまたバタバタのスケジュールを今も続けている。

あまり落ち着いてはいないが、なんだかこんな風にして音楽と人と関わっていける年にしたいなとも思える、数日間だった。


ありがとう。
そんな事を考えながら寒空の下、トロントの街中を早歩きで帰った、ある日の夜。


2015/01/15

スタートダッシュ。

1月もあっという間に半ばまできた。
年末からバタバタとしながら、何だか今年に入って途端に目まぐるしく忙しくなり、日々をせかせかと過ごしている。かと思えば、風邪をひいたりして、ずっと寝ていたり。
身体もこのスタートダッシュに少しびっくりしているようだ。(それとトロントの気温が1月に入り、体感気温-30度とかをたたき出したりしているせいもあるかもしれない…)

新しいプロジェクトの話がいくつかあって、その話が少しずつ動き出しそうである。

自分のレコーディングもしっかり形として完結できていないのに、どうやらひとのレコーディングを手伝う流れになりそうだ。
しかし、こういう時に調子付かずに、しっかりと、真摯に向き合って、一つずつやり遂げていきたいと思う。
ありがてぇ、ありがてぇ。