バイトを何年も続けている人に会うたびに「タフだ」「なんという忍耐力だ」とかそんなことを思う事があった。
今ではアルバイトに対する価値観も随分変わったが、「ちょっと真面目なお遊び」のようなものになる前まで「生活の大きな一部」「我慢するもの」「歯車としての役割を担う労働」とかそういう考え方でアルバイトと向き合っていたようにも思う。
色んなバイトを経験して、もうそういうのはいいやと思うことがあるけど、特にコンビニエンスストアだけはもうやりたいと思わない。
コンビニにはいわゆる「ラクなバイト」みたいなイメージがあった。資格がいるような特殊な仕事ではないので、基本的には誰でもできるし、その分時給もそれほど良くない。ただ廃棄をもらうことができれば食費が浮くし(添加物なんか全く気にしない人には)、深夜バイトなら昼夜逆転さえなんとかできれば時給もそれなりにもらえるし…
と思っていたけど、、、
コンビニがどんどんconvenientになっていくために、請け負う業務やオペレーションは創成期の頃と比べてかなり増えたと思う。
あくまで僕が最後に経験した2010年代初期の頃の段階で、マニュアルは割と分厚いが読んでるヒマや研修期間はほぼない。言うほど時給も高くないし、ましてや全然ラクじゃない(記憶している限りでは、深夜ですら結構な量のタスクが時間ごとに細かく決められていた)。そして都会の深夜は色んな人がいるから、お客さんからそうじゃない人までたくさん来た。
加えてどこかの高級飲食店やなんとかランドともワケが違う、自動販売機に毛が生えた程度にしか考えていない客が自らの所用をさっさと済ませるためにどんどん押し寄せる。
そして、流れ作業になる接客。
人間的なやり取りも忘れ、機械的に交換する物品と金銭のやりとり。
そこに(人間同士で向かい合おうとする)良客はほぼ現れない。
つまりやり甲斐なども生まれにくい。
これは地方だとまた少し変わると思うが。
今、コンビニという事業は変化を求められている。
そもそもこの事業形態がもうビジネスモデルとして成立していないように感じる。
ストアをコントロールしている企業側はまだ大丈夫かもしれない。売り上げの数値を見ながら、新しいポップや販売戦略、新商品の開発など、面白さを感じている人もそこそこいるだろう。
しかしコンビニは顧客のニーズに応えるというスタンスが本当に成立しているのだろうか。
むしろそれは無ければ無いで良いものを過剰に供給して「そこにあるので使う」といういわば甘やかしの論理に基づくやり方になっていないだろうか。
そのしわ寄せはどこに来る?
誰もやりたいと思わなくなったアルバイトは、とにかく職を探している外国人労働者などを中心に採用していくことになる。
受け入れの準備がそれほどできてない店舗は、言語力も曖昧なまま、かつての「自販機に毛が生えた程度」のクオリティを踏襲した、ぎこちない日本語力で接客する店員さんが増えていく。
もちろんよく働く人や丁寧な接客ができる人もいるけど。
お客はまた更に接客を期待することが減り、より機械的なやり取りが行われるようになっていく。
それでも多分多くの人々が使い続けるだろう。
セルフレジを置いたり
アプリで支払いができるようにしたり
それでも間に合わなくなってきて、人手不足、体力的限界を理由に、営業時間を短くするお店がでてきて、ホールディングス側も遂にそれを認めるほかなくなってきた。
AIが進めばロボットを取り入れたりもするようになってくるかもしれないが…
それはいわゆる「大きな自動販売機」にしかならないのではないだろうか。
本当に便利なのは「話の分かる生身の人間」と思う人たちもまだまだ多いだろう。
もっと店舗数を減らして、人件費に割いた方が個人的には好きな気がするが
「ちょっと不便だけど使えるは使えるので、一日に何回も行く」くらいのお客さんが圧倒的に多くいれば
「超雰囲気も良くて何でも対応してくれるので大好きなコンビニがある。でも一日に一回かせいぜい二回くらい利用する」お客さんよりも企業は大切にするだろう
スタンダードは拡幅していく
コンビニ業界はこれからどこに行くのか
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