だが、しかし、彼らのその中に、流れる日常を、同時に見つめる。見つけては、また見つめる。
僕らの日々は。
きっとここにその人の本質があるのだと思う。
流れる日常を離れ過ぎてしまっては、大切なその時を、きっと大切にする事は出来ないだろう。
だがしかし、その日々に没頭、浸かり過ぎてしまうことも、また大切な何かすら、見失うことになりかねない。
そんな中、誰よりも美しく、日常を生き、笑い、怒り、愛し、生きている人というのは、きっといつも本質に目を向けている人なのだろうな。
それは思い当たる節がある。
君の日常は。
どんなだい。
それは、日本という島国ならではの、少し静かで、少し周囲よりも穏やかに、外界から得る何かの情報、ちょっとした刺激に、内在する何かを見出し、それを風情だなんて言って味わったりする。
そうしたプロセスと似たような線上に見出すものかもしれない。
例えば、この季節に「涼」なんて文字を見るだけ。それだけでも、それは少し浮かび上がる感覚。
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